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空気を飲んで胃がキモチワルイ人に [心理]

強迫神経症が治癒された方が
「「強迫観念が消えてほしい」と思わず
「症状は自分なら有って当然、
無かったらおかしい」
だから症状について考えることは無く、
症状の改善の思考もありません
神経症症状に使う時間はゼロです。
生活仕事に100%力を使え
自分の能力を発揮できます
生き甲斐が出来て、
楽しくやれます。」
と言っています

空気を飲んでしまうという不安感について
質問されたのは
症状で悩み苦しんでの事と思いますので
けっして批判しているのではありません


医師によって身体の病気ではないと診断されたのなら
症状の出方が違うだけで、
神経症というくくりでは
全く同じ対処法です。

私が空気を吸って気分が悪くなったのは10代
消炎剤で胃が傷ついて
胃潰瘍になったとき経験しました。
胃カメラを飲み、
胃潰瘍の薬を投薬されて完治しました

あなたは胃腸科に行って
胃潰瘍ではないと診断されたのでしょうか。
もし行っていなかったら
まず医師に相談されることをお勧めします
漢方で未病と言われる状態なら
効く漢方薬もあります

医師になんでもないといわれたのなら、
晴れて(?)神経症ということで
症状があっても
不安があるままで
やるべきことをやる
という森田療法を試されてはいかがでしょうか
(2017-03-10)

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2017-03-10 10:06  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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球技をやらせてもらえず ひきこもってしまった大学生に [心理]

球技が好きだけど
高校時代親がやらせてくれなかった
だから親を怨み
親と口をきかずひきこもっていたが
大学生になった
と書いてあったのですが
今、空いた時間に
たとえば小学生に
学校や地域のクラブの球技を
ボランテイアで教えるとか、
大人の趣味のチームに入る
というのはいかがですか?

私は親の都合で引越して
お金がないから大学に行けず
就職して働きながら
通信制の大学を卒業して
教員免許や国家資格を取りました
(通信制の大学でも
卒業すれば
普通の大卒になれるのですよ。)
本当は学校の先生に
なりたかったのですが、
それが実現したの
は高校を卒業してだいぶ経ってからです
森田先生が
「神経質者はあきらめが悪い」と
書かれているところがあって
その通り、と思いました。

親がやらせてくれなかったから
好きな球技をやれなかった
と恨んでいるだけでは
あなたの
健康な体と
若さがもったいないと思いませんか?
神経症になった 
そもそもの原因が、球技だったら、
なおさら、球技、やりましょう

例えば昼間学生、夕方球技指導、夜バイト

プロにはなれないかもしれませんが、
球技が好きなら
それに関われれば、
今よりも幸せになれるのではありませんか?
もしその気があるなら、
さっそく地域の小学校や
クラブに出向いて、
ボランテイアで指導の手伝いをしたいと
言いに行きましょう。

急にそんなことを言って変に思われないか
という心配はいりません。
どこの地域の小学校でも中学校でも、
スポーツの指導者の
引き受け手がなくて、困っている状態です。
先生たちも忙しくて、指導をするのは大変です。
だから国も文部科学省が
今後部活指導者に外部の人を入れると明言しています。
チャンスですよ!
一か所断られたぐらいでめげずに
いろいろあたってみましょう

たとえば今後、企業に就職して仕事をしながらでも
ボランテイアなら指導者はできます。
また、今ボランテイアでやっておいて、
学校が外部の人を雇う、という時になったら
そのまま指導者として
学校に就職、という可能性もあるのです

いちどご検討ください。
あなたの生活が
忙しくても
充実したものになりますように
お祈りしています。(2017-03-06)

タグ:ひきこもり


2017-03-06 22:15  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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たくさんの人と接すると.. [心理]

私はさっきボランテイアの帰り
後悔の嵐でした
いつものことですが
ママ友に
こんなことを言ってしまったとか
そういうたぐいの
言い過ぎに対する反省と
そういう自分を責める言葉と・・

ただ、後には引かず
帰宅するころには
自分は誰かと話した後で
たとえうまくいったとしても
自分を責めてしまうのが習慣だから
仕方ない

とあきらめて、
そのことについては二度と思い出しません

次に会った時は
相手も自分も忘れていて
ふつうに付き合います
つまり、私が反省するほど
ひどいことは相手に言っていないのですが
自分で勝手に過剰に
自分の振る舞いを責めてしまっていた、
ということです

でもまた
その日の自分の振る舞いの反省点を
帰宅中に考えて自分を責める
その繰り返しです

これは悩みではないんです
そういう趣味?です
やめようと思ったとしても
どうせ自分を責めてしまうのだから
一番短時間、帰宅中に自分を
責めて
もうその日の
人間関係についての思い煩いはおしまい
たまに失敗して
夜思い出してくよくよ、もありますが
なんでできないんだ、と
責めることはありません
やればできるのに
やらないことについては
自分を責めることで
やれるようになるかもしれませんが
私には人間関係を如才なく上手にやる
という能力はありません
できないものはできないのだから仕方ない
とあきらめているわけです

努力すればできること
例えば相手の話を頑張って聞く
どうしても伝えたいことは
メモをとって簡潔に伝える
あいさつをきちんとする

できないこと
相手によって話す内容を変える
いろいろなタイプの人と
距離を上手にとりながらつきあう
(2017-03-06記)

タグ:人間関係


2017-03-06 12:44  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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音の恐怖がなくなった? [心理]

今朝、夢を見ました。
一昨日、数回、夕方、道で
ドリブルする中学生の
ボールの音を聞いたせいだと思うのですが
昨日は心臓があおることもなく
うるさいと思っただけで
見に行くこともなくやりすごしました

夢の内容
朝、男子生徒がドリブルをしながら通り過ぎた。
その後なぜか外国人の家族が
我が家の前にワゴン車をつけて
遊びに行く準備をして車に乗り込んだ
車のドアが強く閉まる音がした
それを見に行った私は
家から出て
急に場面が変わり
見知らぬ坂道の途中を登っていく
すると、
女性がどこからともなく現れた
あなたにはお母さんがいないのですね
と聞かれ、そうです、と答え
二人で泣いた。
彼女がハグしてくれて
ホッとして目が覚めた

現実は、
車の激しいエンジン音がしただけと
起きていた夫が教えてくれました。
ボールの音はしていなかったそうです

夢の中では、ボールの音、ドアの音は
音がする、という認識はありましたが
恐怖は感じませんでした。
女性は夢の中では
確かに神経症の相談に乗ってくださっているボ
ランテイアの人、とわかりました

夢の解釈
ドリブル:昨日の記憶?
家の前で外国人の家族が
車にのる姿を目撃:今の段階では不明
ドアの音:現実のエンジン音との 夢のつじつま合わせ
坂道:音の恐怖の一番悪い時期は過ぎた
お母さんがいない、一緒に泣く:神経症の人たちの過去の文章を読み、しばしば泣きました。
過去の文章ではあるけれど私にとっては現実だったことでしょうか。
回答者の方たちの温かい言葉に優しいお母さん的なものを
感じていたのかもしれません
ハグ:過去から現在までの
神経症のボランテイアの言葉が
結果としてわたしを励ましたという意味

強迫神経症としての音の恐怖がなくなった、
と、そこまではっきり言い切る自信はないのですが
夢の中でハグされて
癒された感じがしたのは
まだ思い出せるので
きっと
このまま音の恐怖がなくなるだろう
ということを
夢が私に教えてくれたかな、と、思います
理屈っぽく言えば
森田療法のユング的解釈とでもいいましょうか

タグ:ボールの音


2017-03-05 21:48  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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友達に誘いを断られて悩む人に [神経症]

仕事のプレッシャーがあり
体調が悪いうえ、
そううつ病とは、
大変な状況でよく頑張っていらっしゃいますね。

うつ病と、そううつ病はちがうのですが
「そう」の時期もおありですか。
「そう」の時期にはやりすぎ、言い過ぎが起きやすいのですが
恩人さんにメールを送ったときは「そう」の時でしたか?

なぜなら、あなたが神経質なら
基本言い過ぎることはないと思うからです。
でも、「そう」のときなら本来
気を使って言わないことも、
言い過ぎてしまう可能性があるでしょう。

「そう」状態の時の対人関係については
医師とご相談いただくとして
「うつ」の時、または正常な状態の神経質者の
人間関係の悩みの部分
なら回答できると思います

恩人さんがストレートに
何でも言ってくれと言った
だからメールで本音を言った
そうしたら誘っても避けているようだ
理由を聞きたい

という質問ですね

まず、素直な人はつい、
相手の言ったことを真に受けますが
親しい女性が
「私この頃太ったかしら、本当のことをいって」
と聞いたとき、
「そうだね、太ったね」
というのは、
たとえ本当に太ったとして
自分は事実を言ったとしても
不正解です。

嘘をついてはいけない
と、私たちは小さいころから教えられます
それは事実です
でも、口ではうそをつくな、と言っても
実は本当のことを言ってはいけない時がある
というのを子供も社会の中で学んでいきます

ところが、真面目な一部の人たちは
字面どおり何時でも
正直にいなければいけないと思い
いつも真実をいうのですが、
社会で嫌われてしまいます

それが、「嘘も方便」
嘘をついてはいけない
でも相手を傷つけることは
本当のことを言ってはいけない時がある
ということなのです

さっきの例なら、自分の太さを気にしている女性に対して
「いや、私は気が付かなかったよ」
とか「そんなことないよ、君はちっとも太っていないよ」
と言わなくてはいけないのです

ただし、たとえば夫婦で
相手の糖尿病やメタボを気にしている場合は別です。
でも夫婦でさえ
相手に対して
いつも真実ばかり言っていたら
たぶんいさかいが絶えないでしょう

そのケースごとに判断するのが人間の知恵です
ストレートに述べた意見の中に、
恩人さんを傷つける内容が入っていた
恩人さんは傷ついたが、自分が「ストレートに言って」と
言った手前、怒るわけにもいかず「すっきりした」といったが
実は傷ついて、もう付き合いたくなくなったと思った

「かもしれない。」
ということですよね。

それらはすべて推測です
神経質者は取り越し苦労が多いので
恩人さんの都合がただ単に本当に悪いかもしれない
あなたと話をした時も
体調が悪かったから
ぞんざいな態度をとっただけかもしれない

あなたの事だけを考えて
恩人さんは暮らしているわけではありません
恩人さんには恩人さんの事情があるでしょう
恩人さんの態度はあなたのせいとは限りません

避けているかと
理由を聞いてどうしますか。
恩人さんが率直に「傷ついた」といってくれたら
言い過ぎたと謝りますか?
でもあなたとしては言い過ぎたと思っておらず
単なる意見の相違だったらどうしますか

あなたが悩んでいた時、話を聞いてくれた人が
あなたの体調や心を思いやって
多少不満があっても
「すっきりした」で話を終わらせてくれたのに
無理やり理由を聞いて、
得るところがあるのでしょうか

結局お互いの意見が違うなら
延々と水掛け論になりかねません

一度はあなたが飲みに誘いました。
次に恩人さんから誘いがくるまで、
あれこれ考えたりせず、そっとしておきませんか。

もしご縁があるならまた飲む機会もあるでしょう

恩人さんはあなたのつらい時を支えてくれたのですが
心理学では
友人や知り合いはカウンセラーになれない
と習います
今まで恩人さんの悩みを聞く余裕が
あなたにあったでしょうか
一方的な関係は片方に負担がかかります

親でさえ、子供がおとなになれば
子供の言うことすべてを
受け入れて同情してくれるとは限りません
むしろ、親としては、子供が大人になったら
立場を逆転させて
自分たちの相談に乗ってほしいとさえ思うでしょう


恩人さんはすごい人です
たとえ心理学の知識があっても
そううつ病の友人の悩みを聞くことは
私には荷が重すぎてできません
恩人さんが
あなたのためにどれぐらいの時間や心を砕いたか
それを考えたらストレートに言って
と言われても、
もし恩人さんに対する不満なら
言わない方がよかったかもしれませんが
いずれにしてもそれは
今後同じことがあったら気を付ければいいという意味で
あなたを責めているわけではありません


辛い時を支えてくれたことに感謝して
今後は悩みは
医師やカウンセラーにぶつけてください


お互い話したら、聞く、が半々ぐらい
という対等な関係の
友人を探しましょう
症状については最低限にして
楽しいことを共有する友人です

自分の事をほとんど話さなくても
友達にはなれます

タグ:友人


2017-03-02 11:31  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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亡き母を忘れることに罪悪感を感じる人に [心理]

森田療法の創始者森田正馬博士が
「私はいま子供の夢を見る事も、ごくまれであるが、心の中には幻覚でも幽霊でも構わぬ、その顔を見たい、その声を聞きたいのである。」
「自分は気が狂っても、地獄に陥ちても、ただその子に会いたいという心がいっぱいであるのである。すなわち心は決して自分の事ばかりに内向的に向かわず、一途に外向的にその子の事を悲しむだけである。」
(森田正馬全集5巻より一部抜粋)
と言われていますが
私も母が亡くなってから、
そのように思っていました。

今でも母に面影が似た人とすれ違うと
少しだけ幸せな気持ちになります。
母に似た(といっても当然女優さんの方が美人なのですが)人がテレビに出てくると、懐かしさをかんじます
夢に母が出てきたら、うれしく思い、
化けて出たとは思いません

つまり、仕事が忙しかろうが、大丈夫です
お母さんを忘れることは、ありません。
瞬間的に頭から離れたように感じたとしても、
私が10年たっても夢にでてきたり、
思い出したりしているのに、
どうして 数か月で忘れることができるでしょうか

それに、万が一お母さんを忘れたとしても
お母さんは あなたが幸せに暮らしているなら
天国でにこにこ見守っていてくれます

霊感商法などで
「先祖が思い出してくれなくて
供養してくれなくて
たたっているから
何百万円のツボを買いなさい」
という詐欺がありますが
冷静に考えてください
あなたが死んで、
天国に行った後、
子孫があなたを思い出さないからといって
あなたは子孫に不幸なことを起こしてやろうと思いますか?
私が死者なら
わたしを忘れてくれていいから
子孫には幸せに暮らしてほしい
そう思うのですが。

死者を忘れることは罪ではないので
罪悪感を感じる必要性はありません。

もし、ひとつ残らず覚えていたい
そう思うなら、
空いた時間に
ノートなどに
お母さんの
記録を残しておいてはどうでしょうか?

悲しい気持ちを押し殺すには
数か月では早すぎます
べそかきながら仕事しても
大丈夫ですよ
森田正馬全集 第5巻


2017-02-28 21:38  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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セカンドオピニオン [心理]

癌の疑いで
紹介状をもらい、セカンドオピニオンにいきました
癌の専門医です
外科がみてくれたけど、結局わからないみたいです
輪郭がまるいから
たぶん違うとは思うけど
自分の家族なら切る
でも、すぐでなくていい気もする
といわれました。
癌かどうかはわからないが可能性はある
でも消えるケースもあるし
もともとあった病気(膠原病)からかもしれない

良性ならどうなるか聞きましたけど
薬の副作用があるから切らないのに薬は使えない
といわれました
でも、切るより、
怪しい病気があるなら
薬使った方が、と素人は考えるけど
外科医は切れば原因が
はっきりするから切りたいようです
もう一軒3月に行くので、
そこにも聞いてから考えますが
20代前半に生検で針をさしすぎて出血がとまらず
絶対安静になったことがあるので、
外科医が「簡単な手術」と言っても
臓器の一部を切り取るので
症状があればあきらめがつくのですが
ない段階で
はい切りますとは簡単に言えません
今回のセカンドオピニオンは
音の強迫神経症の「もと」に
一昨年からいわれているがんの疑いの恐怖があるなら
払拭したいと思ってやったことでもあるのですが
セカンドオピニオンに行く前から
音の恐怖はほとんどなくなり
少なくとも駐車場の音は気にならなくなり
10年前からのボールについては
今も少し怖いのですが
今やっている道路工事の音もうるさいと思うけど
恐怖はありません
癌の恐怖についても
3年前のセカンドオピニオンのあたりは
歯科医にがんと共存すればいい、といわれるまで、ずっと
抑うつになっていましたが
今回は
そこまで落ち込むこともなく
検査の結果を聞くあたりはだめでしたが
今は結構平常心に近い感じで
これも森田のおかげだと思います
現実にがんの疑いの検査結果があったとしても
癌になったその後の母の状態などを知っているだけに
以前は恐怖を感じたのですが
今はもし癌だったら、その後、などと考えず
今やるべきことを淡々とやる
という意味で
音のように強迫的な脅威でも、
癌のように現実に今ある脅威でも
森田療法の考え方なら
心の平安が得られます
恐怖の心がわいたら
旧約聖書の詩編23を
唱えるというのも効果的ですが
森田を知り、音だけでなく
癌の恐怖にも適用できると実感しました

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2017-02-28 16:44  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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神経症で仕事ができない人に [神経症]

神経症は治ります
森田療法の創始者森田先生もおっしゃっていますし
そもそも病気ではありません

いろいろ試してうまくいかず
仕事も手につかないようですが
医師には病気ではないと言われたなら
もしかして、治さなくていい理由を探してます?

つらいことが続いて
そのストレスでいろいろ症状が出た
医師には大丈夫と言われたけど
仕事すると症状が出て
その上仕事以外の生活でも支障がでてきた

普通に、神経症の方の症状のように見えます
もちろん症状が出て辛いのは
実際は本人しかわからないことは
よくわかっていますが
神経症の方はたいてい同じような苦しみを抱えています

治るかどうか、と、問うこと自体が、
自分で不安を助長していませんか?
つまり、わざと治らないように自分ではからっているような・・
私も10年音の恐怖を放置して悪化して、
それでも森田療法でよくなりました。
だから、あえて厳しい言い方でごめんなさい
心の中に、
治ったらまた仕事をフルでやらないといけない
もうこんな仕事嫌だ、
仕事しないためなら病気のままでいてやる!
という気持ちはありませんか

まずは
「だって、でもできない、痛くなるかもしれないし」
と思うのをやめ、
仕事以外、神経症についてのネットでの検索をやめて
薬もちゃんと飲んで
森田先生の本を録音して流したりして
言い訳が頭に浮かぶ余地をなくし
普通の事を
普通にフラットな状態でやってみてはどうですか?

以上の文章にムカッと来たとしたら
たぶんどこかに図星の部分があるからです。
(と大学の心理学で学びました)
なおらない言い訳に使っているパワーを、
仕事を集中してやる方に向けてみましょう
医師が病気ではないと診断したのだから
信じてみませんか。

相手の肩書でなく、あなた自身の目を信じた方が
人生が楽になると思います
どうか、
また、ネットの中で転々として
神経症状態を長引かせず、
森田療法にふみとどまって
頑張る決心ができますよう
お祈りします


2017-02-23 13:39  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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騒音に悩む人に [聴覚]

私も家の北側の取り壊し後の工事の時、
本当に
音で自分がおかしくなりそうでしたから。
気にしないようにと思って
気にならないぐらいなら
最初から気にしません。

一つできることとしては、
工事の人に、工事の予定の日にちと時間を聞くことです。
苦情を言うわけではなく、穏やかにお話します。
音が怖い人でなくても、
自分の家に影響がある工事なら、
いつまでやるか知りたいのは強迫的ではありませんよね。
いつまでに終わると思えば、
根本的解決にはならなくても、
見通しがもてます。

私は解体作業の人はいつまで、とはっきり教えてくれたので、
うるさいとは思ってもあまり気になりませんでした。
でも、その後の地ならしなどの業者が、
9時5時などの時間を守らず、
朝遅く来たり、来なかったり、
たぶんほかの仕事の合間にきていたと思うのですが、
うるさい時間がまちまちだったので、
なおの事、音の恐怖に苦しみました。

神経質者は「べき」と思ってしまいます。
私はまさにそれでした。
近所に迷惑をかけるのだから、
業者がきちんと工期や時間を教えてくれるべきだ。自分ならそうする。
そう思ったので、なおのこと、
騒音の相手に対して怒りを感じてしまい、
音に対して敏感になっていたと思います。

音がうるさく、家も揺れるときは、とりあえず違う場所に
避難してもいいと思います。
たとえば図書館とかスーパーとか。
これは神経質者に限らず、ふつうの人でもやることでしょう。
今日は工事でうるさいからついでに買い物にいってしまおう、とか。
図書館でゆっくりしよう、とか。
そして音がやむ時間に帰ってくれば、
とりあえず短期の工事ならしのげます。
私はいま、以前ほど音は怖くありませんが、
それでも、裏で家が揺れるほどの工事がはじまったら、
やはり、家を離れて避難するかもしれません。(2017-02-17記)

タグ:騒音


2017-02-23 13:36  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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怒りの処理 [心理]

一つ目
父は今なら賭け事中毒と呼ばれるような人で、
そのため家庭は崩壊し、
そのストレスで子供二人は病気になり、
母は60で亡くなりました。
賭け事の怖さを身に染みている私は、
結婚後、
夫がネットで競馬に
数千円使っていることを知り
二度とやらないでほしいと頼み、
やらないと約束してくれました。
でも、先日子供の学費の
引き落とし口座の指定銀行の通帳に、
やらないと約束して以後、
10年近くも
口座引き落としで数千円ずつですが、
競馬をしていたことが判明しました。
今はやっていないと夫は言いましたが、
私は信頼が裏切られたことにショックを受けました。
私には父母はなく、
頼る人はいないので、
その程度ならふつうは笑って許すことなのに、
過去があるから許せないのか、
ふつう怒ることなのか、
わからなくなってしまいました。

二つ目。
肺がんの検査、結果の診察を予約してあります。
3か月前の時、
GGOの他に腫瘍があるから、
切ってみないと
がんかどうかわからないけど
切ってみるか
セカンドオピニオンをしますか、
と医師に聞かれました。
このまま放置したら
どうなるかと聞くと
早く切った方がいいというお答え。

近藤理論を勉強していたので、
とりあえずもう少し様子を見たいと言って
今回の検査を予約しました。

音の恐怖のもとに
肺がんへの恐怖があるのかな、
などと洞察したのですが、
音については今は不安はあっても、
やり過ごしている状態です。
音について考える時間も大幅に減り、
全く考えない日はまだありませんが、
それでも考えたとしても数分単位です。
肺がんかもしれないのがこわいなら、
もしまたすぐ切るようにいわれたら、
セカンドオピニオンで、
放射線医と、
近藤先生のセカンドオピニオン外来に
行こうと決めていました。
いざ結果を聞きに行く
予定の日に夫に一緒に
行ってもらおうと思い聞くと、
仕事で予定がわからないとの答え。
3か月前から夫にはその日が結果の日、
と言ってあり、
先月は子供の受験や発表や
自分の体調不良で散々休んでおきながら(そのせいもあるのかもしれませんが)、
妻の命に係わる日には
休めないってどういうこと、と、
怒りを感じました。
これって、夫はついてくるべき、
という強迫的思考で、
どってことないさ、と
やり過ごした方がいい内容なのでしょうか。
3つめ。
亡くなった祖母の遺産で数万円を、
亡くなった母の代わりに
姉妹にくれると数か月前に伯母が言ってきました。
伯母は墓参りしないから病気になるというような人なので
かかわりたくなく、
書類も言われるままに出しましたが
認知症も少しあるようで無くしたとみとめず、
また書類を取りにいったりと、
うっとうしい思いがあったので、
私は遺産はいらないから、
面倒をみてくれたいとこにあげてほしいと
言ってありました。
ところが、今日妹に
伯母の姉が私に遺産を渡したのをうけとったかと
言ってきたというのです。
私はいらないと言ってあったので、
妹はもらってないはずと
答えたというのですが、
実際もらっていない遺産を
受け取ったかのようにいわれて、
怒りを感じました。
そしていとこが受け取ったかどうか不明ですが、
もし私の言うとおり
いとこが受け取ったなら、
私にありがとうと言わないまでも、
受け取ったよ、
ぐらいの報告はあってもいいのではないか、
と、いい加減なことを言う伯母の姉や、
いとこに対しても、
イライラしてしまいました。
これも私の「べき」思考が
余計なトラブルを作っているのでしょうか。
それともふつう、怒って当然なのでしょうか。
なんだか、
怒っていいのかどうか迷うところが強迫的かも、
と思ってしまいました。

森田療法で
怒らないようにしようとするのではなく
怒りを発散しようとするのでなく、
自分が腹が立った時にはその怒りの気持ちのままでいるうちに
うまく相手に伝える方法などを思いついたり
よい解決策がでてきて、自然に怒りが収まる。
それをあれこれ工夫していることが修養だが
もし時間がたっても怒ったままだとしたら、
その怒りは自分が考えている以上に
重大な内容を示唆しているかもしれない

とあります

不安があるときに、昔から
それを一人で持ちこたえることができない子供でした
学校であった事なら帰宅してすぐ親に話すとか。
職場でのことなら友人に相談するとか。
娘は、たまにですが
学校でのトラブルを一晩や二晩もちこしてから
話してくれることがあります。
うまい処理ができていないにしても、
その間自分の中で、持ちこたえられる点が、
わたしより強いと思っていました。

私の課題は自分に起こった感情を
解消しようとするのではなく、
そのまま
持ちこたえること
実際なかなか難しいですね。

検査については夫に不満を述べて
結果の日には休みをとってもらうことにしました。
結果が悪かったらセカンドオピニオンにいきます。

伯母に対しては
そのまま伯母からなにか言って来るまで様子をみます。


夫に対する怒りももちろんあったのですが
賭け事中毒になって家庭崩壊させても
全く反省しなかった父への過去の怒りや
癌かもしれないという今の私の状況に対する
(恐れ多いながら)神様への怒り
まで、合わせて夫を怒っていた部分もあるときがつきました
特に、神様(というか、運命)に対して怒るというのは、

「怒りの感情を無くそう」と気分のやりくり
を、していたように思います
また、夫に対しても、主な収入が夫であり、
今までも病気などで迷惑をかけていたことから、
知らず知らずのうちに、
怒ってはいけない、とブレーキがかかって
いたと思います
感情を受け入れつつ建設的な行動に向け、
がんばります。(20170205記)


2017-02-23 13:22  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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