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自分は神経質なので鈍感力がある友達と離れたい人に [心理]

仕事の同僚は選べないけど
友達は選べます
鈍感力のある友人とは離れたい
と決めたなら、それはそれでよいことだと思います
私はその人を知りませんので
たとえば彼女が
あなたの領域に昼夜分かたず平気で侵入して
あなたの精神の健康をおびやかす人なら
断固として別れるべきでしょう。
ただ、精神的には健康な人なら
別れてしまわなくてもいい可能性はありませんか

私は鈍感力のある友人と今も細く長く付き合っています
なぜなら、彼女は全く私の話を聞いていないからです
私がどんな重い話題を振っても
相槌を打っても実は全く聞いていません
だから、
「こんな話してしまったら
相手が何日も眠れないほど悩んでしまうかもしれない
でも誰かに打ち明けて楽になりたい」
と思う時、打ち明け話をする
最適な人物ともいえるのです
また、鈍感力がある人の視点で見る世界は
神経質者が見ているものと全く違い
こういう考え方があるんだ、と
とても参考になります。

ただ、ほっておくと何時間でも
自分の事だけ話し続けるので、
会う約束をした当日は
時間を切って、
たとえば何時になったらどうしても
行かなければいけない違う用ができた、
などと事前に話しておき
自分の話を先にして、
その時間になったら
必ず別れるようにします
なんて自分勝手な、と神経質者は思いますが
それでちょうど良いのです
お互い鈍感力と神経質の良いところを認め合えると
結構面白い友人関係になります


友人関係が浅く短くつきあうのが自分の流儀
というのは本当に心からでしょうか
結果としてそうなってしまった
というのと、
そうしたくてそうなっている
というのは違う気がします

神経質者は相手に完璧を求めます
この世に完璧なのは神様しかいません
私も欠点だらけです
だから相手の欠点にも目をつぶれるなら
短期間で離れてしまうより
鈍感な友人とは会う回数を
ぐっと減らして
細く長い友人関係も悪くないですよ

また、体調が悪くてつきあいたくない、は
「言い訳」ですよね
せっかく誘ってくれる友人がいるのです
今日の今日、でなく、来週の火曜、とか、
予定表に入れておいて
その日は何が何でもいく、と決めて
痛みにとらわれることなく
頑張って出かけてみる
それこそ、森田先生の言われる
症状を意に介さず
やるべきことをやる
に通じませんか?
そう解釈すれば
こちらが具合が悪かろうがやんわり断ろうが
無理に誘ってくれる
鈍感な友人は、実は
知らずに森田療法の
協力者になってくれています

思春期から女子はドロドロするのですが
思春期は子供が大人になっていく時期なので
女性の言語に優れている部分が強く出すぎて
それがマイナスに働き、
言葉の応酬をしてしまいがちです。
また、男子に人気がある女子への悪口もあります
それも発達途上の女子が
敏感に同性のフェロモンを察知して
自分も持っているものに
嫌悪感を感じるのではないでしょうか
私は奥手で、同性のフェロモンに気が付かず
どろどろも大嫌いでしたから、
小学校高学年から
3年の受験で収まる中学2年までの間は
女子より男子といる方が気楽でした

女の子はその後だんだん大人の女性になるにしたがって
悪口の応酬も
自分でうまくコントロールできるようになります。
男性と同じように論理的な話もできる女性になっていく人が大半です
ただ、女性は群れて安心したいので
悪口を言い合って
仲間であるという確認行為をしているのでしょう
だから悪口を言う人が多い場所では
それに同調せずにはいられない
場の空気に逆らってまで
悪口をやめたら自分が孤立するリスクがある
(私は若いころストレスの多い職場で
悪口を嫌って同調せず黙っていたら
ハバにされたことがあります。
だからと言って今でも同調する気はありませんが)

それに、
悪口を言うとストレス解消になる
(森田先生は症状などマイナスの事を口にすると
もっとマイナスになるという
趣旨のことをいわれていました。
それは悪口にも当てはまると思うので
悪口は真にストレス解消にはならないと思いますが
一般的にはストレス解消ツールと思われています)
ということで、運悪くあなたが出会った女性たちは
職場に相当のストレスがあり
悪口や愚痴ばかり言う人たちだったのではありませんか?

そんな人と友人になったばかりに
女性がみんな悪口ばかり言っていて付き合う価値がない
と判断してしまうのは
神経質者お得意のゼロか百か
の独断です

ここまでお読みいただきましたが
全てクリアーにして
あれこれ理屈を考えず
一生つきあうかとか、
先の事を心配せずに
子供のように純粋な心で
好きかどうかという単純なところで
彼女とどうするか
結論をだしてみてはいかがでしょうか
付き合うと決めたら
相手にわかるように
普段のあなたよりはっきりと自己主張していくことです(2017/4/2記)

タグ:鈍感力


2017-04-02 21:36  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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空気を飲んで胃がキモチワルイ人に [心理]

強迫神経症が治癒された方が
「「強迫観念が消えてほしい」と思わず
「症状は自分なら有って当然、
無かったらおかしい」
だから症状について考えることは無く、
症状の改善の思考もありません
神経症症状に使う時間はゼロです。
生活仕事に100%力を使え
自分の能力を発揮できます
生き甲斐が出来て、
楽しくやれます。」
と言っています

空気を飲んでしまうという不安感について
質問されたのは
症状で悩み苦しんでの事と思いますので
けっして批判しているのではありません


医師によって身体の病気ではないと診断されたのなら
症状の出方が違うだけで、
神経症というくくりでは
全く同じ対処法です。

私が空気を吸って気分が悪くなったのは10代
消炎剤で胃が傷ついて
胃潰瘍になったとき経験しました。
胃カメラを飲み、
胃潰瘍の薬を投薬されて完治しました

あなたは胃腸科に行って
胃潰瘍ではないと診断されたのでしょうか。
もし行っていなかったら
まず医師に相談されることをお勧めします
漢方で未病と言われる状態なら
効く漢方薬もあります

医師になんでもないといわれたのなら、
晴れて(?)神経症ということで
症状があっても
不安があるままで
やるべきことをやる
という森田療法を試されてはいかがでしょうか
(2017-03-10)

タグ:


2017-03-10 10:06  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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球技をやらせてもらえず ひきこもってしまった大学生に [心理]

球技が好きだけど
高校時代親がやらせてくれなかった
だから親を怨み
親と口をきかずひきこもっていたが
大学生になった
と書いてあったのですが
今、空いた時間に
たとえば小学生に
学校や地域のクラブの球技を
ボランテイアで教えるとか、
大人の趣味のチームに入る
というのはいかがですか?

私は親の都合で引越して
お金がないから大学に行けず
就職して働きながら
通信制の大学を卒業して
教員免許や国家資格を取りました
(通信制の大学でも
卒業すれば
普通の大卒になれるのですよ。)
本当は学校の先生に
なりたかったのですが、
それが実現したの
は高校を卒業してだいぶ経ってからです
森田先生が
「神経質者はあきらめが悪い」と
書かれているところがあって
その通り、と思いました。

親がやらせてくれなかったから
好きな球技をやれなかった
と恨んでいるだけでは
あなたの
健康な体と
若さがもったいないと思いませんか?
神経症になった 
そもそもの原因が、球技だったら、
なおさら、球技、やりましょう

例えば昼間学生、夕方球技指導、夜バイト

プロにはなれないかもしれませんが、
球技が好きなら
それに関われれば、
今よりも幸せになれるのではありませんか?
もしその気があるなら、
さっそく地域の小学校や
クラブに出向いて、
ボランテイアで指導の手伝いをしたいと
言いに行きましょう。

急にそんなことを言って変に思われないか
という心配はいりません。
どこの地域の小学校でも中学校でも、
スポーツの指導者の
引き受け手がなくて、困っている状態です。
先生たちも忙しくて、指導をするのは大変です。
だから国も文部科学省が
今後部活指導者に外部の人を入れると明言しています。
チャンスですよ!
一か所断られたぐらいでめげずに
いろいろあたってみましょう

たとえば今後、企業に就職して仕事をしながらでも
ボランテイアなら指導者はできます。
また、今ボランテイアでやっておいて、
学校が外部の人を雇う、という時になったら
そのまま指導者として
学校に就職、という可能性もあるのです

いちどご検討ください。
あなたの生活が
忙しくても
充実したものになりますように
お祈りしています。(2017-03-06)

タグ:ひきこもり


2017-03-06 22:15  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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たくさんの人と接すると.. [心理]

私はさっきボランテイアの帰り
後悔の嵐でした
いつものことですが
ママ友に
こんなことを言ってしまったとか
そういうたぐいの
言い過ぎに対する反省と
そういう自分を責める言葉と・・

ただ、後には引かず
帰宅するころには
自分は誰かと話した後で
たとえうまくいったとしても
自分を責めてしまうのが習慣だから
仕方ない

とあきらめて、
そのことについては二度と思い出しません

次に会った時は
相手も自分も忘れていて
ふつうに付き合います
つまり、私が反省するほど
ひどいことは相手に言っていないのですが
自分で勝手に過剰に
自分の振る舞いを責めてしまっていた、
ということです

でもまた
その日の自分の振る舞いの反省点を
帰宅中に考えて自分を責める
その繰り返しです

これは悩みではないんです
そういう趣味?です
やめようと思ったとしても
どうせ自分を責めてしまうのだから
一番短時間、帰宅中に自分を
責めて
もうその日の
人間関係についての思い煩いはおしまい
たまに失敗して
夜思い出してくよくよ、もありますが
なんでできないんだ、と
責めることはありません
やればできるのに
やらないことについては
自分を責めることで
やれるようになるかもしれませんが
私には人間関係を如才なく上手にやる
という能力はありません
できないものはできないのだから仕方ない
とあきらめているわけです

努力すればできること
例えば相手の話を頑張って聞く
どうしても伝えたいことは
メモをとって簡潔に伝える
あいさつをきちんとする

できないこと
相手によって話す内容を変える
いろいろなタイプの人と
距離を上手にとりながらつきあう
(2017-03-06記)

タグ:人間関係


2017-03-06 12:44  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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音の恐怖がなくなった? [心理]

今朝、夢を見ました。
一昨日、数回、夕方、道で
ドリブルする中学生の
ボールの音を聞いたせいだと思うのですが
昨日は心臓があおることもなく
うるさいと思っただけで
見に行くこともなくやりすごしました

夢の内容
朝、男子生徒がドリブルをしながら通り過ぎた。
その後なぜか外国人の家族が
我が家の前にワゴン車をつけて
遊びに行く準備をして車に乗り込んだ
車のドアが強く閉まる音がした
それを見に行った私は
家から出て
急に場面が変わり
見知らぬ坂道の途中を登っていく
すると、
女性がどこからともなく現れた
あなたにはお母さんがいないのですね
と聞かれ、そうです、と答え
二人で泣いた。
彼女がハグしてくれて
ホッとして目が覚めた

現実は、
車の激しいエンジン音がしただけと
起きていた夫が教えてくれました。
ボールの音はしていなかったそうです

夢の中では、ボールの音、ドアの音は
音がする、という認識はありましたが
恐怖は感じませんでした。
女性は夢の中では
確かに神経症の相談に乗ってくださっているボ
ランテイアの人、とわかりました

夢の解釈
ドリブル:昨日の記憶?
家の前で外国人の家族が
車にのる姿を目撃:今の段階では不明
ドアの音:現実のエンジン音との 夢のつじつま合わせ
坂道:音の恐怖の一番悪い時期は過ぎた
お母さんがいない、一緒に泣く:神経症の人たちの過去の文章を読み、しばしば泣きました。
過去の文章ではあるけれど私にとっては現実だったことでしょうか。
回答者の方たちの温かい言葉に優しいお母さん的なものを
感じていたのかもしれません
ハグ:過去から現在までの
神経症のボランテイアの言葉が
結果としてわたしを励ましたという意味

強迫神経症としての音の恐怖がなくなった、
と、そこまではっきり言い切る自信はないのですが
夢の中でハグされて
癒された感じがしたのは
まだ思い出せるので
きっと
このまま音の恐怖がなくなるだろう
ということを
夢が私に教えてくれたかな、と、思います
理屈っぽく言えば
森田療法のユング的解釈とでもいいましょうか

タグ:ボールの音


2017-03-05 21:48  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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亡き母を忘れることに罪悪感を感じる人に [心理]

森田療法の創始者森田正馬博士が
「私はいま子供の夢を見る事も、ごくまれであるが、心の中には幻覚でも幽霊でも構わぬ、その顔を見たい、その声を聞きたいのである。」
「自分は気が狂っても、地獄に陥ちても、ただその子に会いたいという心がいっぱいであるのである。すなわち心は決して自分の事ばかりに内向的に向かわず、一途に外向的にその子の事を悲しむだけである。」
(森田正馬全集5巻より一部抜粋)
と言われていますが
私も母が亡くなってから、
そのように思っていました。

今でも母に面影が似た人とすれ違うと
少しだけ幸せな気持ちになります。
母に似た(といっても当然女優さんの方が美人なのですが)人がテレビに出てくると、懐かしさをかんじます
夢に母が出てきたら、うれしく思い、
化けて出たとは思いません

つまり、仕事が忙しかろうが、大丈夫です
お母さんを忘れることは、ありません。
瞬間的に頭から離れたように感じたとしても、
私が10年たっても夢にでてきたり、
思い出したりしているのに、
どうして 数か月で忘れることができるでしょうか

それに、万が一お母さんを忘れたとしても
お母さんは あなたが幸せに暮らしているなら
天国でにこにこ見守っていてくれます

霊感商法などで
「先祖が思い出してくれなくて
供養してくれなくて
たたっているから
何百万円のツボを買いなさい」
という詐欺がありますが
冷静に考えてください
あなたが死んで、
天国に行った後、
子孫があなたを思い出さないからといって
あなたは子孫に不幸なことを起こしてやろうと思いますか?
私が死者なら
わたしを忘れてくれていいから
子孫には幸せに暮らしてほしい
そう思うのですが。

死者を忘れることは罪ではないので
罪悪感を感じる必要性はありません。

もし、ひとつ残らず覚えていたい
そう思うなら、
空いた時間に
ノートなどに
お母さんの
記録を残しておいてはどうでしょうか?

悲しい気持ちを押し殺すには
数か月では早すぎます
べそかきながら仕事しても
大丈夫ですよ
森田正馬全集 第5巻


2017-02-28 21:38  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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セカンドオピニオン [心理]

癌の疑いで
紹介状をもらい、セカンドオピニオンにいきました
癌の専門医です
外科がみてくれたけど、結局わからないみたいです
輪郭がまるいから
たぶん違うとは思うけど
自分の家族なら切る
でも、すぐでなくていい気もする
といわれました。
癌かどうかはわからないが可能性はある
でも消えるケースもあるし
もともとあった病気(膠原病)からかもしれない

良性ならどうなるか聞きましたけど
薬の副作用があるから切らないのに薬は使えない
といわれました
でも、切るより、
怪しい病気があるなら
薬使った方が、と素人は考えるけど
外科医は切れば原因が
はっきりするから切りたいようです
もう一軒3月に行くので、
そこにも聞いてから考えますが
20代前半に生検で針をさしすぎて出血がとまらず
絶対安静になったことがあるので、
外科医が「簡単な手術」と言っても
臓器の一部を切り取るので
症状があればあきらめがつくのですが
ない段階で
はい切りますとは簡単に言えません
今回のセカンドオピニオンは
音の強迫神経症の「もと」に
一昨年からいわれているがんの疑いの恐怖があるなら
払拭したいと思ってやったことでもあるのですが
セカンドオピニオンに行く前から
音の恐怖はほとんどなくなり
少なくとも駐車場の音は気にならなくなり
10年前からのボールについては
今も少し怖いのですが
今やっている道路工事の音もうるさいと思うけど
恐怖はありません
癌の恐怖についても
3年前のセカンドオピニオンのあたりは
歯科医にがんと共存すればいい、といわれるまで、ずっと
抑うつになっていましたが
今回は
そこまで落ち込むこともなく
検査の結果を聞くあたりはだめでしたが
今は結構平常心に近い感じで
これも森田のおかげだと思います
現実にがんの疑いの検査結果があったとしても
癌になったその後の母の状態などを知っているだけに
以前は恐怖を感じたのですが
今はもし癌だったら、その後、などと考えず
今やるべきことを淡々とやる
という意味で
音のように強迫的な脅威でも、
癌のように現実に今ある脅威でも
森田療法の考え方なら
心の平安が得られます
恐怖の心がわいたら
旧約聖書の詩編23を
唱えるというのも効果的ですが
森田を知り、音だけでなく
癌の恐怖にも適用できると実感しました

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2017-02-28 16:44  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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怒りの処理 [心理]

一つ目
父は今なら賭け事中毒と呼ばれるような人で、
そのため家庭は崩壊し、
そのストレスで子供二人は病気になり、
母は60で亡くなりました。
賭け事の怖さを身に染みている私は、
結婚後、
夫がネットで競馬に
数千円使っていることを知り
二度とやらないでほしいと頼み、
やらないと約束してくれました。
でも、先日子供の学費の
引き落とし口座の指定銀行の通帳に、
やらないと約束して以後、
10年近くも
口座引き落としで数千円ずつですが、
競馬をしていたことが判明しました。
今はやっていないと夫は言いましたが、
私は信頼が裏切られたことにショックを受けました。
私には父母はなく、
頼る人はいないので、
その程度ならふつうは笑って許すことなのに、
過去があるから許せないのか、
ふつう怒ることなのか、
わからなくなってしまいました。

二つ目。
肺がんの検査、結果の診察を予約してあります。
3か月前の時、
GGOの他に腫瘍があるから、
切ってみないと
がんかどうかわからないけど
切ってみるか
セカンドオピニオンをしますか、
と医師に聞かれました。
このまま放置したら
どうなるかと聞くと
早く切った方がいいというお答え。

近藤理論を勉強していたので、
とりあえずもう少し様子を見たいと言って
今回の検査を予約しました。

音の恐怖のもとに
肺がんへの恐怖があるのかな、
などと洞察したのですが、
音については今は不安はあっても、
やり過ごしている状態です。
音について考える時間も大幅に減り、
全く考えない日はまだありませんが、
それでも考えたとしても数分単位です。
肺がんかもしれないのがこわいなら、
もしまたすぐ切るようにいわれたら、
セカンドオピニオンで、
放射線医と、
近藤先生のセカンドオピニオン外来に
行こうと決めていました。
いざ結果を聞きに行く
予定の日に夫に一緒に
行ってもらおうと思い聞くと、
仕事で予定がわからないとの答え。
3か月前から夫にはその日が結果の日、
と言ってあり、
先月は子供の受験や発表や
自分の体調不良で散々休んでおきながら(そのせいもあるのかもしれませんが)、
妻の命に係わる日には
休めないってどういうこと、と、
怒りを感じました。
これって、夫はついてくるべき、
という強迫的思考で、
どってことないさ、と
やり過ごした方がいい内容なのでしょうか。
3つめ。
亡くなった祖母の遺産で数万円を、
亡くなった母の代わりに
姉妹にくれると数か月前に伯母が言ってきました。
伯母は墓参りしないから病気になるというような人なので
かかわりたくなく、
書類も言われるままに出しましたが
認知症も少しあるようで無くしたとみとめず、
また書類を取りにいったりと、
うっとうしい思いがあったので、
私は遺産はいらないから、
面倒をみてくれたいとこにあげてほしいと
言ってありました。
ところが、今日妹に
伯母の姉が私に遺産を渡したのをうけとったかと
言ってきたというのです。
私はいらないと言ってあったので、
妹はもらってないはずと
答えたというのですが、
実際もらっていない遺産を
受け取ったかのようにいわれて、
怒りを感じました。
そしていとこが受け取ったかどうか不明ですが、
もし私の言うとおり
いとこが受け取ったなら、
私にありがとうと言わないまでも、
受け取ったよ、
ぐらいの報告はあってもいいのではないか、
と、いい加減なことを言う伯母の姉や、
いとこに対しても、
イライラしてしまいました。
これも私の「べき」思考が
余計なトラブルを作っているのでしょうか。
それともふつう、怒って当然なのでしょうか。
なんだか、
怒っていいのかどうか迷うところが強迫的かも、
と思ってしまいました。

森田療法で
怒らないようにしようとするのではなく
怒りを発散しようとするのでなく、
自分が腹が立った時にはその怒りの気持ちのままでいるうちに
うまく相手に伝える方法などを思いついたり
よい解決策がでてきて、自然に怒りが収まる。
それをあれこれ工夫していることが修養だが
もし時間がたっても怒ったままだとしたら、
その怒りは自分が考えている以上に
重大な内容を示唆しているかもしれない

とあります

不安があるときに、昔から
それを一人で持ちこたえることができない子供でした
学校であった事なら帰宅してすぐ親に話すとか。
職場でのことなら友人に相談するとか。
娘は、たまにですが
学校でのトラブルを一晩や二晩もちこしてから
話してくれることがあります。
うまい処理ができていないにしても、
その間自分の中で、持ちこたえられる点が、
わたしより強いと思っていました。

私の課題は自分に起こった感情を
解消しようとするのではなく、
そのまま
持ちこたえること
実際なかなか難しいですね。

検査については夫に不満を述べて
結果の日には休みをとってもらうことにしました。
結果が悪かったらセカンドオピニオンにいきます。

伯母に対しては
そのまま伯母からなにか言って来るまで様子をみます。


夫に対する怒りももちろんあったのですが
賭け事中毒になって家庭崩壊させても
全く反省しなかった父への過去の怒りや
癌かもしれないという今の私の状況に対する
(恐れ多いながら)神様への怒り
まで、合わせて夫を怒っていた部分もあるときがつきました
特に、神様(というか、運命)に対して怒るというのは、

「怒りの感情を無くそう」と気分のやりくり
を、していたように思います
また、夫に対しても、主な収入が夫であり、
今までも病気などで迷惑をかけていたことから、
知らず知らずのうちに、
怒ってはいけない、とブレーキがかかって
いたと思います
感情を受け入れつつ建設的な行動に向け、
がんばります。(20170205記)


2017-02-23 13:22  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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職場や宴会で孤立して悩んでいる人に [心理]

私の友人Aさんの話をさせてください。
Aさんは、たいていの職場で
「嫌い」と面と向かって言われます。
ある時など「先輩を大嫌いでした」と言われ
転勤していきました。
ところがAさんは、その時は少しへこむのですが、
また、自分の言いたいことを言って、
嫌われても自分を貫いています。
鈍感力が大事、と言っていて、
神経質な私の持っていないものを持っています。

Aさんがあまり皆に嫌われる、というので、
強いボールのたとえ話をしました。
「こちらが強いボールを投げれば、
相手も同じ強さで投げ返してくる。
あなたを嫌いという人に向かって、
強いボールを投げたことはないの?」
いつも投げているという答えでした。

私が2回目のがんの疑いで
セカンドオピニオンを来週する予定、と、
メールすると、
「50代で亡くなると言われても
長生きもするし早い場合もあるから
それを受け入れ気にしないようにしよう。
生きていることに感謝しよう。
検査を受けるか自然に任せるか、
自分の人生だから悔いのない人生を送りましょう。
同病の人と話しましょう」
Aさんは、たぶん彼女なりに
励ましている「つもり」なのですが。
なんだか、励まされているのか、私は気にしないわ、と言われているのか、よくわかりませんでした。

音の悩みを森田療法のページでいろいろ相談してよくなったよ、といえば、
全く調べもせず、
「明るい人と付き合うと明るくなりますよ。
心を病んでいる人はつける薬がないので避けましょう」
神経症(病気ではありません)や、心の病(薬で治ります)について
何も知らないのに
差別と偏見に満ちた発言と、あきれてしまいました。
もし自分が心の病になっても
Aさんはそんなことが言えるのでしょうか。

私はいつものこととはいえ、
Aさんの、全く的外れな励ましに、
友人やめたくなりました。
でも、指摘しても私に厳しくしかられた、と、思うだけで、
根本的なところで相容れないので、
Aさんはそういう人、と、思うようにしています。
彼女は彼女の意見があっていい。私とは違うけど。

さて、あなたは、
わたしから同じメールがいったら、
Aさんのように答える方でしょうか。
そうなら、嫌われる理由ははっきりしています。
相手の心に全く共感しようとしていないからです。
でも、Aさんと長年付き合っている私は、
彼女は共感しない、でなく、できない人だと思っています。
できない人に求めても無駄でしょう。

あなたはたぶん、
Aさんのような鈍感力を持った人ではないと思います。
神経質な人のはずです。
とすると、Aさんのように嫌われるどころか、
神経質の長所であるところの、
誰よりも早く相手の気持ちに気が付いて、
寄り添うことができる力を持っているはずです。
だからこそ、宴会で、空気を読んでしまい、
ほかの人の会話に割り込めなくなってしまうのでしょう。
嫌われて孤立と、ありましたが、
Aさんのように、毎回「あなた嫌い」と、
言われたことがあるのでしょうか。
なんとなく、話にくくて、孤立した感じ、
に思えてしまってますます話しにくくなってしまった、
ということではありませんか?
それなら、Aさんと違って、
嫌われるタイプではないと思いますよ。

そのうえ、相槌を打ち、笑うという努力もされている。
Aさんの辞書には好かれるために努力しようという文字はありませんから。
全然違います。

鈍感力のAさんとなぜ付き合いが続いているかというと、
職場が一緒になったことがないからです
会うのは数年に数回、
電話が来てもAさんが一方的に話して
私については聞かなくてもそのまま電話を切る、とか、
詩人なので、詩的なメールを送ってくるとか。
遠距離友人なのです。

彼女の、私のもっていない鈍感力からの視点は新鮮です。
そこまでいうの、という強いボールの数々に
いつも勉強させてもらっています。

というわけで、あなたが情けなく思う必要はありません。
福祉の職場はストレスも強く、宴会が一番荒れると聞きました。
知り合いは宴会でいつも一番若い男性が脱いで大騒ぎだったといいます。
そんな宴会では私だって、食べて帰るのが精いっぱいだと思います。
普段の職場も職種が違うなら、
共通の話題もなかなかないでしょう。
今の、あなたの共感を相手の目で見てわかるようにする努力で、十分です。

やはりその場にいて、食べて帰る、それも仕事、と思えるかどうか、ですね。

Aさんには彼女なりの悩みがあります。
それでも、ある意味幸せな人生だったから、
相手の気持ちがわからないままなわけです。
私がAさんのようにふるまえるか、
というと、神経質な私には無理です。
若いころはAさんタイプがうらやましかったです。
人間関係でいちいち悩む自分が嫌になっていました。
でも今は神経質なままでもいい、と思っています。
お互い、がんばりましょう!(2017.2.21記)


2017-02-21 14:55  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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雑音恐怖症 [心理]

公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団
http://www.mental-health.org/index.html
の、ホームページを偶然みつけました。
日常生活は普通にできていますが、
どうしてこんなに音が苦になるのか
カウンセリングでも受けるべきなのか
と思って近所の精神科を検索していたら
たどりつきました
無料で閲覧できますが
森田療法
という、大学の心理学の教科書に載っていた
ものの解説がありました
自己診断のチェックリストもあり、
会員制の掲示板もあります。
その中に雑音恐怖症というのがあり
自分もそれに当てはまると思いました
文章を読むと
音を気にする自分を変だと気にすれば
ますます気になる
気になってもそのままふつうの生活をすればよい
ということが書いてあり
なるほどそりゃそうだ、
と納得しました。

音を気にする自分がおかしいのではないかと思うことで
ますます気になってしまっていたのだけど
気になってもならなくても
日常生活ができるなら
そのままにしておく
という考え方は初めてでした

音の苦痛を耐え忍ぶというのでなく
気にしない、と無理に思うのでもなく

その夜は
もちろんベッドを
音源の外から一番離れた場所に移したままですが、
ノイズキャンセリングイヤホンを
しなくても寝られたのです

前日の夜
ノイズキャンセリングイヤホンを痛くて外しても
まだ聞こえる向家の室外機に
このまま自分がおかしくなってしまうかと
恐怖感を持っていたのが
うそのようでした。
昼間の車の砂利に止める音におびえていたのも収まり
ボールの弾む音は目の前で聞くのは不快ですが、
また道で弾ませる人がでたらどうしよう
という恐怖は減りました。
北側の家で母親が子供にどなる声もよく聞こえるのですが
その子供がボール遊びをやったらいやだな、とは、今も少しは思いますが、森田さんの話を読む以前よりだいぶましです
大学ではフロイトやユングを学んでも
森田さんのことはあっさりしかやりませんでした
でも、私には
よく効きました
音で悩む方、ぜひ一度、ホームページを訪ねてください。




タグ: 騒音


2016-12-28 11:04  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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