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床をなめると長生きって [心理]

虫嫌いの人に。

子供がアトピーで漢方を飲んでいます
その中身は蝉の抜け殻を粉にしたものも
入っています
その前はカメの甲羅を削ったものの時もありましたが
それは体に合わず
センダンの方は子供の体質にぴったり合って
飲んだ翌日からかゆみが止まりました

私はちいさいころチョウがひらひら飛んでいるだけで
怖くて逃げる子でした
虫は今でも怖いです
こどものころ親には神経質だと馬鹿にされました

植物に虫が付くのは無農薬有機栽培ではよくあります
こどもが健康に育つためには農薬べったりの野菜より
虫がおいしく食べる野菜の方が健康にいいのは納得できます
小さいころ私が虫のついた野菜をいやがったら
母は私は虫を飼っているのだから文句言わずに食べなさい
火が通ってれば死んでるからかみつかない
とめちゃくちゃな理屈を言われました
でも実際食べても
おなかを壊すこともなく味も変わりませんでした

虫は火を通せば間違って食べてもタンパク質
そう思って
野菜に虫がいれば、やはりギャーと叫びはしますが
その虫の部分だけ取って捨てます
同じ理由で食品に虫が混入していたとしても
火が通っていれば食べても死ぬことはありません
小麦粉のダニだけは
ダニアレルギーの私は
開封してあるミックス粉は
使わないようにしています。
でもアレルギーがなければ火を通せば
特に問題ないようです
毒虫や殺虫剤がついた虫でなければ
化学薬品に比べれば虫はずっと安全です

ばい菌が怖くてつい必要以上に手をあらってしまう人に。

免疫学者の藤田 紘一郎先生の著書を読み
あかちゃんは地面をなめて免疫をつけるのに
除菌したら免疫をつける機会を失い弱い子になると
知りました
テレビでテーブルに菌がいっぱい
と恐怖をあおる宣伝がありますが
うつって死ぬ一部のばい菌以外は心配しなくていいようで
家庭にそんな強いばい菌はふつういないので
家の机は菌だらけで結構
どんどんばい菌を触って免疫をつけようぜ、
という心境です
また
同じ理屈で鍋料理も
60度を超えていればエイズウイルスさえ死にます
中学家庭科でそれを習ってから
他人と食べる鍋も大丈夫になりました

フンが大嫌いな人に。

フンについては
ハトはサルモネラ菌がついていることもあるので
高価な品でなければ
私でも捨てると思いますが
よく洗って消毒してあれば菌は死ぬので
心配ないと思います

犬を飼っているとフンは毎日出ます
赤ん坊もうまれてから、
トイレの自立をする三歳ごろまで
うんことおしっこは親がかたずけます
それも、うんこやおしっこを
じっと見て健康状態を観察します
鼻水をふいてやったり、
場合によっては口ですうこともあります
でも自分の子は不思議と汚いと思いません
子供が入りたがり、
スーパーのトイレが汚ければ
親がその場できれいにして
トイレに入らせるしかありません
おしめが取れるころはおもらしの嵐です
かたずけるのは
保護者である親がやるしかありません
子供は手すりなど
不特定多数が触るところも平気で触ります
注意はしますが聞きません
汚いとは思いますが
汚いのが子供、なのです
子育てのおかげで
だいぶあきらめたというか
大雑把になりました

藤田先生によれば
菌と触れ合えば
免疫が活性化してますます長寿になるそうです

もし、ばかばかしいと思いつつ、
手を洗うことがやめられないという
症状があるのなら
医師の指導を受けた方が治りやすいそうです
恐怖症を改善するために通院して
汚いものをキモチワルイと思いつつも
避けずに立ち向かう
(といってもフンを素手で触る必要は全くありません。

使い捨ての手袋で処理して
手袋をひっくり返して捨てればいいのです)
という行動ができるようになれば
子供ができた時にも全然困らないと思います

どんなにきれいな環境で暮らそうとしても
しょせん人間も動物です
排泄しなければ生きていけません
空気中にもばい菌はいっぱいいます
でも、ばい菌に対抗する免疫も
神様が与えてくれました
心は怖がっても
体はちゃんと今この瞬間も免疫をつかって
皮膚や口から入る
ばい菌もしっかり殺してくれているから大丈夫です
藤田先生の
ばい菌と触れ合うことは体にいい、

この説は神経質者にとっては福音ではないでしょうか。
必要以上に菌をおそれることはありません(2017/4/21記)


2017-04-23 20:53  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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皆に好かれたい人に [心理]

ちょうど今読んだ本の内容に
一致していたのでご紹介します
「新版 神経質問答 自覚と悟りへの道2」 
森田正馬著白揚社2012年 177ページ
「人を愛さなければならないという主義を立てると、自分の心にある人を毛嫌いしたり憎んだりする気持ちが起こったとき、それをなくそうとするからますます苦しく、道徳恐怖という強迫観念になることがあります。そうでなく、ただ自然の感じのままに、たとえ人を憎むような心があっても会釈笑いもしたり、とおりいっぺんの社交辞令をしているうちに、いつの間にかイヤな心も流れ去って自然に朗らかになります。少しもむずかしい主義などを立てて、がんばり苦しむ必要はないのであります。」

もちろん誰とでも仲良くしたいのは理想です
全ての人がそう思っているでしょう
その一方、気を使うから疲れてしまい、
一人でいたいときもあるでしょう
その両方が共存しているのこそ人間です
0か100かと神経質者はつい考えますけど
みんなそうだから心配はいりません。

あなたが嫌いな人の事を1時間考えたら、
その人はいい人になるでしょうか。

あなたに残された人生の時間は決まっています。
もちろん天国にいくのは何十年も後でしょうが、
それにしても有限な、大事な時間です
嫌いな人の事を考えるのは
時間の無駄使いです
その1時間を、好きな人の事を考えて
幸せな気持ちになった方が得だと思いませんか。

三割の人が自分を好きになってくれれば上等、
と、昔、聞いたことがあります
人を愛さなければいけない、みんなに愛されたい
という目標は
遠いところのお星さまならいいですが、
やはり森田先生のおっしゃる通り
主義にしてしまうと
自分が苦しくなってしまうのではないでしょうか。

ところで、不機嫌な人に会うと
自分が攻撃されているように感じることについてですが
相手には相手の事情もあります

リウマチで全身の関節が痛く
それを職場の人に黙っていて
あいつはいつも不機嫌だと言われてしまった人を知っています
それでも心配かけたくないと我慢して
一切泣き言を言いませんでしたから
皆に誤解されていましたが
仕事はきちんとしていましたので嫌われてはいませんでした。
あなたはこの人にも、
「私が嫌な気持ちになるから
私に向かってはにこにこして」と言えますか?
たいてい不機嫌な顔をしている人には
その人なりの事情があり
それは私とは無関係なことも多いのです
共感と思いやりをもって、
不機嫌な人にもきっと事情があるのだと、
許してあげてください。
幸せな人ならほっといてもにこにこしているでしょう。

こちらは最低限
あいさつさえしっかりしていれば、
相手があいさつしようがしまいが、
不機嫌な顔できついことをいわれようが、
あなたのせいではないし、
相手の事は勝手に不機嫌にさせておくしかないのです。

愛するわが子さえ
思春期に入ればこちらの好意を
完全に無視して不機嫌な顔をしていますよね
ましてや他人に
私に愛想よくしてくれるとうれしい、
と望むのは結構
たかのぞみではないでしょうか。(2017/4/15記)


2017-04-15 22:34  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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牛にひかれて [心理]

咳がなかなか収まらず
でもだいぶよくなりました
医師に検査してもらった時は
気管支炎といわれました
息が苦しいのがこんな風とは
うかつにも私は今まで知りませんでした


子供が通っている
家から中学で
クラスから6人ずつPTAの世話役をだすそうで
選挙で選ばれたからやってくださいと
先生から電話が来ました
小学校から来ている親に頼んでほしい
そういう人を差し置いて
中学から入った私がなるのは
申し訳ないとお断りしようとしたのですが
どうしても頼む、と言われてしまい
引き受けてしまいました
地元の小学校ではどうしても引き受けざるを得ない
PTAや子供会などはやりましたが

世話係を引き受けた直後から
小学校の時に子供会や行事の役員で
対人関係で散々苦労して
大いにストレスがかかったことを思い出し
不安も感じました
でも、いまさら断ることもできません

しいて言えば
癌の疑いを口実に断ることもできるかもしれませんが
それをやってしまったら
自分でセカンドオピニオンをうけて
忘れなさいと
近藤医師にアドバイスしてもらったことと
矛盾してしまいます



実際始まってしまえば大したことないはずだし
今は不安を抑えず不安のままですごしていよう
と思っています
子供の事で心配するのは
「子なきは泣きをみない」ですし
子供が中学に行ったせいで評議員をやらされるのは
「牛にひかれて善光寺まいり」
多分子供のいる人みんな経験することなのでしょう


「すなおな心」
すなおな心とは、『自然に服従し、境遇に従順な心』である。
例えば、親や先生から命ぜられることは、それを無理だと思い反抗的な気分がおこっても、とにかくためしに命ぜられる通りにやってみることである。また自分の職業や地位に不平不満があり、あるいは自分の能力に自信がなく不安があっても、そのままに毎日の仕事にかじりついてゆくことである。
あるいはまた、頭が重く不快な感じがあっても、医者が診察して勉強してもさしつかえないと言えば、医者の言葉を疑い自分の身体を心配しながらも、まずためしに医者の言うとおりにやってみることである。

それと反対に、腹を立てて親や先生に反抗し、不平をこぼして自分のするべき仕事をせず、医者の言葉を疑って言うことをきかないのを、わがままとか、強情とか言うのである。
又一方には、自分は従順でなくてはならない、不平の心をおこなしてはならない、信じなくてはならないなどと、自分で自分の心をやりくりし、直そうとかするのを『思想の矛盾』といい、強迫観念の原因にもなるのである。

腹立ち、不平、疑惑などは、われわれの心の折にふれて当然おこる感情であるから、その感情のままにあるのを『自然に服従する』と言い、親のいましめにいやいやながら従い、職業上やらねばならぬことをいやいやながら実行するのを『境遇に従順である』というのである。(『生の欲望』森田正馬 著 水谷啓二編 白揚社)

まさにいやいやながらに、先生に言われたから
やるべきことを実行する心境です

音については
外の音が怖くて窓を開けるのも怖かったのと
花粉症もあり
冬場は窓を開けることにためらいがあったのですが
先日暖かくなってきて、
洗濯物もふとんも全部外に干し、
窓を開けて過ごしても
全く外の音が気にならなくなっていたことに
気が付きました
すぐそこで工事をしているね、
と他の人に言われるまで
気が付かなかったのですから驚きです。
ボールについては
いまだにさっき音がして不安は感じたのですが
そのままにしていたら音も過ぎ去り、
不安な気持ちも過ぎ去りました

「いやだな、面倒だ」と言いつつ普通に過ごせるような
人生におこる些細なことでも私は不安を感じますが
それでも、不器用なりに、
なんとか森田先生の言葉に従って
対処できそうです(2017/4記)


2017-04-15 22:31  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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自分は神経質なので鈍感力がある友達と離れたい人に [心理]

仕事の同僚は選べないけど
友達は選べます
鈍感力のある友人とは離れたい
と決めたなら、それはそれでよいことだと思います
私はその人を知りませんので
たとえば彼女が
あなたの領域に昼夜分かたず平気で侵入して
あなたの精神の健康をおびやかす人なら
断固として別れるべきでしょう。
ただ、精神的には健康な人なら
別れてしまわなくてもいい可能性はありませんか

私は鈍感力のある友人と今も細く長く付き合っています
なぜなら、彼女は全く私の話を聞いていないからです
私がどんな重い話題を振っても
相槌を打っても実は全く聞いていません
だから、
「こんな話してしまったら
相手が何日も眠れないほど悩んでしまうかもしれない
でも誰かに打ち明けて楽になりたい」
と思う時、打ち明け話をする
最適な人物ともいえるのです
また、鈍感力がある人の視点で見る世界は
神経質者が見ているものと全く違い
こういう考え方があるんだ、と
とても参考になります。

ただ、ほっておくと何時間でも
自分の事だけ話し続けるので、
会う約束をした当日は
時間を切って、
たとえば何時になったらどうしても
行かなければいけない違う用ができた、
などと事前に話しておき
自分の話を先にして、
その時間になったら
必ず別れるようにします
なんて自分勝手な、と神経質者は思いますが
それでちょうど良いのです
お互い鈍感力と神経質の良いところを認め合えると
結構面白い友人関係になります


友人関係が浅く短くつきあうのが自分の流儀
というのは本当に心からでしょうか
結果としてそうなってしまった
というのと、
そうしたくてそうなっている
というのは違う気がします

神経質者は相手に完璧を求めます
この世に完璧なのは神様しかいません
私も欠点だらけです
だから相手の欠点にも目をつぶれるなら
短期間で離れてしまうより
鈍感な友人とは会う回数を
ぐっと減らして
細く長い友人関係も悪くないですよ

また、体調が悪くてつきあいたくない、は
「言い訳」ですよね
せっかく誘ってくれる友人がいるのです
今日の今日、でなく、来週の火曜、とか、
予定表に入れておいて
その日は何が何でもいく、と決めて
痛みにとらわれることなく
頑張って出かけてみる
それこそ、森田先生の言われる
症状を意に介さず
やるべきことをやる
に通じませんか?
そう解釈すれば
こちらが具合が悪かろうがやんわり断ろうが
無理に誘ってくれる
鈍感な友人は、実は
知らずに森田療法の
協力者になってくれています

思春期から女子はドロドロするのですが
思春期は子供が大人になっていく時期なので
女性の言語に優れている部分が強く出すぎて
それがマイナスに働き、
言葉の応酬をしてしまいがちです。
また、男子に人気がある女子への悪口もあります
それも発達途上の女子が
敏感に同性のフェロモンを察知して
自分も持っているものに
嫌悪感を感じるのではないでしょうか
私は奥手で、同性のフェロモンに気が付かず
どろどろも大嫌いでしたから、
小学校高学年から
3年の受験で収まる中学2年までの間は
女子より男子といる方が気楽でした

女の子はその後だんだん大人の女性になるにしたがって
悪口の応酬も
自分でうまくコントロールできるようになります。
男性と同じように論理的な話もできる女性になっていく人が大半です
ただ、女性は群れて安心したいので
悪口を言い合って
仲間であるという確認行為をしているのでしょう
だから悪口を言う人が多い場所では
それに同調せずにはいられない
場の空気に逆らってまで
悪口をやめたら自分が孤立するリスクがある
(私は若いころストレスの多い職場で
悪口を嫌って同調せず黙っていたら
ハバにされたことがあります。
だからと言って今でも同調する気はありませんが)

それに、
悪口を言うとストレス解消になる
(森田先生は症状などマイナスの事を口にすると
もっとマイナスになるという
趣旨のことをいわれていました。
それは悪口にも当てはまると思うので
悪口は真にストレス解消にはならないと思いますが
一般的にはストレス解消ツールと思われています)
ということで、運悪くあなたが出会った女性たちは
職場に相当のストレスがあり
悪口や愚痴ばかり言う人たちだったのではありませんか?

そんな人と友人になったばかりに
女性がみんな悪口ばかり言っていて付き合う価値がない
と判断してしまうのは
神経質者お得意のゼロか百か
の独断です

ここまでお読みいただきましたが
全てクリアーにして
あれこれ理屈を考えず
一生つきあうかとか、
先の事を心配せずに
子供のように純粋な心で
好きかどうかという単純なところで
彼女とどうするか
結論をだしてみてはいかがでしょうか
付き合うと決めたら
相手にわかるように
普段のあなたよりはっきりと自己主張していくことです(2017/4/2記)

タグ:鈍感力


2017-04-02 21:36  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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空気を飲んで胃がキモチワルイ人に [心理]

強迫神経症が治癒された方が
「「強迫観念が消えてほしい」と思わず
「症状は自分なら有って当然、
無かったらおかしい」
だから症状について考えることは無く、
症状の改善の思考もありません
神経症症状に使う時間はゼロです。
生活仕事に100%力を使え
自分の能力を発揮できます
生き甲斐が出来て、
楽しくやれます。」
と言っています

空気を飲んでしまうという不安感について
質問されたのは
症状で悩み苦しんでの事と思いますので
けっして批判しているのではありません


医師によって身体の病気ではないと診断されたのなら
症状の出方が違うだけで、
神経症というくくりでは
全く同じ対処法です。

私が空気を吸って気分が悪くなったのは10代
消炎剤で胃が傷ついて
胃潰瘍になったとき経験しました。
胃カメラを飲み、
胃潰瘍の薬を投薬されて完治しました

あなたは胃腸科に行って
胃潰瘍ではないと診断されたのでしょうか。
もし行っていなかったら
まず医師に相談されることをお勧めします
漢方で未病と言われる状態なら
効く漢方薬もあります

医師になんでもないといわれたのなら、
晴れて(?)神経症ということで
症状があっても
不安があるままで
やるべきことをやる
という森田療法を試されてはいかがでしょうか
(2017-03-10)

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2017-03-10 10:06  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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球技をやらせてもらえず ひきこもってしまった大学生に [心理]

球技が好きだけど
高校時代親がやらせてくれなかった
だから親を怨み
親と口をきかずひきこもっていたが
大学生になった
と書いてあったのですが
今、空いた時間に
たとえば小学生に
学校や地域のクラブの球技を
ボランテイアで教えるとか、
大人の趣味のチームに入る
というのはいかがですか?

私は親の都合で引越して
お金がないから大学に行けず
就職して働きながら
通信制の大学を卒業して
教員免許や国家資格を取りました
(通信制の大学でも
卒業すれば
普通の大卒になれるのですよ。)
本当は学校の先生に
なりたかったのですが、
それが実現したの
は高校を卒業してだいぶ経ってからです
森田先生が
「神経質者はあきらめが悪い」と
書かれているところがあって
その通り、と思いました。

親がやらせてくれなかったから
好きな球技をやれなかった
と恨んでいるだけでは
あなたの
健康な体と
若さがもったいないと思いませんか?
神経症になった 
そもそもの原因が、球技だったら、
なおさら、球技、やりましょう

例えば昼間学生、夕方球技指導、夜バイト

プロにはなれないかもしれませんが、
球技が好きなら
それに関われれば、
今よりも幸せになれるのではありませんか?
もしその気があるなら、
さっそく地域の小学校や
クラブに出向いて、
ボランテイアで指導の手伝いをしたいと
言いに行きましょう。

急にそんなことを言って変に思われないか
という心配はいりません。
どこの地域の小学校でも中学校でも、
スポーツの指導者の
引き受け手がなくて、困っている状態です。
先生たちも忙しくて、指導をするのは大変です。
だから国も文部科学省が
今後部活指導者に外部の人を入れると明言しています。
チャンスですよ!
一か所断られたぐらいでめげずに
いろいろあたってみましょう

たとえば今後、企業に就職して仕事をしながらでも
ボランテイアなら指導者はできます。
また、今ボランテイアでやっておいて、
学校が外部の人を雇う、という時になったら
そのまま指導者として
学校に就職、という可能性もあるのです

いちどご検討ください。
あなたの生活が
忙しくても
充実したものになりますように
お祈りしています。(2017-03-06)

タグ:ひきこもり


2017-03-06 22:15  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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たくさんの人と接すると.. [心理]

私はさっきボランテイアの帰り
後悔の嵐でした
いつものことですが
ママ友に
こんなことを言ってしまったとか
そういうたぐいの
言い過ぎに対する反省と
そういう自分を責める言葉と・・

ただ、後には引かず
帰宅するころには
自分は誰かと話した後で
たとえうまくいったとしても
自分を責めてしまうのが習慣だから
仕方ない

とあきらめて、
そのことについては二度と思い出しません

次に会った時は
相手も自分も忘れていて
ふつうに付き合います
つまり、私が反省するほど
ひどいことは相手に言っていないのですが
自分で勝手に過剰に
自分の振る舞いを責めてしまっていた、
ということです

でもまた
その日の自分の振る舞いの反省点を
帰宅中に考えて自分を責める
その繰り返しです

これは悩みではないんです
そういう趣味?です
やめようと思ったとしても
どうせ自分を責めてしまうのだから
一番短時間、帰宅中に自分を
責めて
もうその日の
人間関係についての思い煩いはおしまい
たまに失敗して
夜思い出してくよくよ、もありますが
なんでできないんだ、と
責めることはありません
やればできるのに
やらないことについては
自分を責めることで
やれるようになるかもしれませんが
私には人間関係を如才なく上手にやる
という能力はありません
できないものはできないのだから仕方ない
とあきらめているわけです

努力すればできること
例えば相手の話を頑張って聞く
どうしても伝えたいことは
メモをとって簡潔に伝える
あいさつをきちんとする

できないこと
相手によって話す内容を変える
いろいろなタイプの人と
距離を上手にとりながらつきあう
(2017-03-06記)

タグ:人間関係


2017-03-06 12:44  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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音の恐怖がなくなった? [心理]

今朝、夢を見ました。
一昨日、数回、夕方、道で
ドリブルする中学生の
ボールの音を聞いたせいだと思うのですが
昨日は心臓があおることもなく
うるさいと思っただけで
見に行くこともなくやりすごしました

夢の内容
朝、男子生徒がドリブルをしながら通り過ぎた。
その後なぜか外国人の家族が
我が家の前にワゴン車をつけて
遊びに行く準備をして車に乗り込んだ
車のドアが強く閉まる音がした
それを見に行った私は
家から出て
急に場面が変わり
見知らぬ坂道の途中を登っていく
すると、
女性がどこからともなく現れた
あなたにはお母さんがいないのですね
と聞かれ、そうです、と答え
二人で泣いた。
彼女がハグしてくれて
ホッとして目が覚めた

現実は、
車の激しいエンジン音がしただけと
起きていた夫が教えてくれました。
ボールの音はしていなかったそうです

夢の中では、ボールの音、ドアの音は
音がする、という認識はありましたが
恐怖は感じませんでした。
女性は夢の中では
確かに神経症の相談に乗ってくださっているボ
ランテイアの人、とわかりました

夢の解釈
ドリブル:昨日の記憶?
家の前で外国人の家族が
車にのる姿を目撃:今の段階では不明
ドアの音:現実のエンジン音との 夢のつじつま合わせ
坂道:音の恐怖の一番悪い時期は過ぎた
お母さんがいない、一緒に泣く:神経症の人たちの過去の文章を読み、しばしば泣きました。
過去の文章ではあるけれど私にとっては現実だったことでしょうか。
回答者の方たちの温かい言葉に優しいお母さん的なものを
感じていたのかもしれません
ハグ:過去から現在までの
神経症のボランテイアの言葉が
結果としてわたしを励ましたという意味

強迫神経症としての音の恐怖がなくなった、
と、そこまではっきり言い切る自信はないのですが
夢の中でハグされて
癒された感じがしたのは
まだ思い出せるので
きっと
このまま音の恐怖がなくなるだろう
ということを
夢が私に教えてくれたかな、と、思います
理屈っぽく言えば
森田療法のユング的解釈とでもいいましょうか

タグ:ボールの音


2017-03-05 21:48  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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亡き母を忘れることに罪悪感を感じる人に [心理]

森田療法の創始者森田正馬博士が
「私はいま子供の夢を見る事も、ごくまれであるが、心の中には幻覚でも幽霊でも構わぬ、その顔を見たい、その声を聞きたいのである。」
「自分は気が狂っても、地獄に陥ちても、ただその子に会いたいという心がいっぱいであるのである。すなわち心は決して自分の事ばかりに内向的に向かわず、一途に外向的にその子の事を悲しむだけである。」
(森田正馬全集5巻より一部抜粋)
と言われていますが
私も母が亡くなってから、
そのように思っていました。

今でも母に面影が似た人とすれ違うと
少しだけ幸せな気持ちになります。
母に似た(といっても当然女優さんの方が美人なのですが)人がテレビに出てくると、懐かしさをかんじます
夢に母が出てきたら、うれしく思い、
化けて出たとは思いません

つまり、仕事が忙しかろうが、大丈夫です
お母さんを忘れることは、ありません。
瞬間的に頭から離れたように感じたとしても、
私が10年たっても夢にでてきたり、
思い出したりしているのに、
どうして 数か月で忘れることができるでしょうか

それに、万が一お母さんを忘れたとしても
お母さんは あなたが幸せに暮らしているなら
天国でにこにこ見守っていてくれます

霊感商法などで
「先祖が思い出してくれなくて
供養してくれなくて
たたっているから
何百万円のツボを買いなさい」
という詐欺がありますが
冷静に考えてください
あなたが死んで、
天国に行った後、
子孫があなたを思い出さないからといって
あなたは子孫に不幸なことを起こしてやろうと思いますか?
私が死者なら
わたしを忘れてくれていいから
子孫には幸せに暮らしてほしい
そう思うのですが。

死者を忘れることは罪ではないので
罪悪感を感じる必要性はありません。

もし、ひとつ残らず覚えていたい
そう思うなら、
空いた時間に
ノートなどに
お母さんの
記録を残しておいてはどうでしょうか?

悲しい気持ちを押し殺すには
数か月では早すぎます
べそかきながら仕事しても
大丈夫ですよ
森田正馬全集 第5巻


2017-02-28 21:38  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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セカンドオピニオン [心理]

癌の疑いで
紹介状をもらい、セカンドオピニオンにいきました
癌の専門医です
外科がみてくれたけど、結局わからないみたいです
輪郭がまるいから
たぶん違うとは思うけど
自分の家族なら切る
でも、すぐでなくていい気もする
といわれました。
癌かどうかはわからないが可能性はある
でも消えるケースもあるし
もともとあった病気(膠原病)からかもしれない

良性ならどうなるか聞きましたけど
薬の副作用があるから切らないのに薬は使えない
といわれました
でも、切るより、
怪しい病気があるなら
薬使った方が、と素人は考えるけど
外科医は切れば原因が
はっきりするから切りたいようです
もう一軒3月に行くので、
そこにも聞いてから考えますが
20代前半に生検で針をさしすぎて出血がとまらず
絶対安静になったことがあるので、
外科医が「簡単な手術」と言っても
臓器の一部を切り取るので
症状があればあきらめがつくのですが
ない段階で
はい切りますとは簡単に言えません
今回のセカンドオピニオンは
音の強迫神経症の「もと」に
一昨年からいわれているがんの疑いの恐怖があるなら
払拭したいと思ってやったことでもあるのですが
セカンドオピニオンに行く前から
音の恐怖はほとんどなくなり
少なくとも駐車場の音は気にならなくなり
10年前からのボールについては
今も少し怖いのですが
今やっている道路工事の音もうるさいと思うけど
恐怖はありません
癌の恐怖についても
3年前のセカンドオピニオンのあたりは
歯科医にがんと共存すればいい、といわれるまで、ずっと
抑うつになっていましたが
今回は
そこまで落ち込むこともなく
検査の結果を聞くあたりはだめでしたが
今は結構平常心に近い感じで
これも森田のおかげだと思います
現実にがんの疑いの検査結果があったとしても
癌になったその後の母の状態などを知っているだけに
以前は恐怖を感じたのですが
今はもし癌だったら、その後、などと考えず
今やるべきことを淡々とやる
という意味で
音のように強迫的な脅威でも、
癌のように現実に今ある脅威でも
森田療法の考え方なら
心の平安が得られます
恐怖の心がわいたら
旧約聖書の詩編23を
唱えるというのも効果的ですが
森田を知り、音だけでなく
癌の恐怖にも適用できると実感しました

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2017-02-28 16:44  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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