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空気を飲んで胃がキモチワルイ人に [心理]

強迫神経症が治癒された方が
「「強迫観念が消えてほしい」と思わず
「症状は自分なら有って当然、
無かったらおかしい」
だから症状について考えることは無く、
症状の改善の思考もありません
神経症症状に使う時間はゼロです。
生活仕事に100%力を使え
自分の能力を発揮できます
生き甲斐が出来て、
楽しくやれます。」
と言っています

空気を飲んでしまうという不安感について
質問されたのは
症状で悩み苦しんでの事と思いますので
けっして批判しているのではありません


医師によって身体の病気ではないと診断されたのなら
症状の出方が違うだけで、
神経症というくくりでは
全く同じ対処法です。

私が空気を吸って気分が悪くなったのは10代
消炎剤で胃が傷ついて
胃潰瘍になったとき経験しました。
胃カメラを飲み、
胃潰瘍の薬を投薬されて完治しました

あなたは胃腸科に行って
胃潰瘍ではないと診断されたのでしょうか。
もし行っていなかったら
まず医師に相談されることをお勧めします
漢方で未病と言われる状態なら
効く漢方薬もあります

医師になんでもないといわれたのなら、
晴れて(?)神経症ということで
症状があっても
不安があるままで
やるべきことをやる
という森田療法を試されてはいかがでしょうか
(2017-03-10)

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2017-03-10 10:06  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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球技をやらせてもらえず ひきこもってしまった大学生に [心理]

球技が好きだけど
高校時代親がやらせてくれなかった
だから親を怨み
親と口をきかずひきこもっていたが
大学生になった
と書いてあったのですが
今、空いた時間に
たとえば小学生に
学校や地域のクラブの球技を
ボランテイアで教えるとか、
大人の趣味のチームに入る
というのはいかがですか?

私は親の都合で引越して
お金がないから大学に行けず
就職して働きながら
通信制の大学を卒業して
教員免許や国家資格を取りました
(通信制の大学でも
卒業すれば
普通の大卒になれるのですよ。)
本当は学校の先生に
なりたかったのですが、
それが実現したの
は高校を卒業してだいぶ経ってからです
森田先生が
「神経質者はあきらめが悪い」と
書かれているところがあって
その通り、と思いました。

親がやらせてくれなかったから
好きな球技をやれなかった
と恨んでいるだけでは
あなたの
健康な体と
若さがもったいないと思いませんか?
神経症になった 
そもそもの原因が、球技だったら、
なおさら、球技、やりましょう

例えば昼間学生、夕方球技指導、夜バイト

プロにはなれないかもしれませんが、
球技が好きなら
それに関われれば、
今よりも幸せになれるのではありませんか?
もしその気があるなら、
さっそく地域の小学校や
クラブに出向いて、
ボランテイアで指導の手伝いをしたいと
言いに行きましょう。

急にそんなことを言って変に思われないか
という心配はいりません。
どこの地域の小学校でも中学校でも、
スポーツの指導者の
引き受け手がなくて、困っている状態です。
先生たちも忙しくて、指導をするのは大変です。
だから国も文部科学省が
今後部活指導者に外部の人を入れると明言しています。
チャンスですよ!
一か所断られたぐらいでめげずに
いろいろあたってみましょう

たとえば今後、企業に就職して仕事をしながらでも
ボランテイアなら指導者はできます。
また、今ボランテイアでやっておいて、
学校が外部の人を雇う、という時になったら
そのまま指導者として
学校に就職、という可能性もあるのです

いちどご検討ください。
あなたの生活が
忙しくても
充実したものになりますように
お祈りしています。(2017-03-06)

タグ:ひきこもり


2017-03-06 22:15  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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たくさんの人と接すると.. [心理]

私はさっきボランテイアの帰り
後悔の嵐でした
いつものことですが
ママ友に
こんなことを言ってしまったとか
そういうたぐいの
言い過ぎに対する反省と
そういう自分を責める言葉と・・

ただ、後には引かず
帰宅するころには
自分は誰かと話した後で
たとえうまくいったとしても
自分を責めてしまうのが習慣だから
仕方ない

とあきらめて、
そのことについては二度と思い出しません

次に会った時は
相手も自分も忘れていて
ふつうに付き合います
つまり、私が反省するほど
ひどいことは相手に言っていないのですが
自分で勝手に過剰に
自分の振る舞いを責めてしまっていた、
ということです

でもまた
その日の自分の振る舞いの反省点を
帰宅中に考えて自分を責める
その繰り返しです

これは悩みではないんです
そういう趣味?です
やめようと思ったとしても
どうせ自分を責めてしまうのだから
一番短時間、帰宅中に自分を
責めて
もうその日の
人間関係についての思い煩いはおしまい
たまに失敗して
夜思い出してくよくよ、もありますが
なんでできないんだ、と
責めることはありません
やればできるのに
やらないことについては
自分を責めることで
やれるようになるかもしれませんが
私には人間関係を如才なく上手にやる
という能力はありません
できないものはできないのだから仕方ない
とあきらめているわけです

努力すればできること
例えば相手の話を頑張って聞く
どうしても伝えたいことは
メモをとって簡潔に伝える
あいさつをきちんとする

できないこと
相手によって話す内容を変える
いろいろなタイプの人と
距離を上手にとりながらつきあう
(2017-03-06記)

タグ:人間関係


2017-03-06 12:44  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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音の恐怖がなくなった? [心理]

今朝、夢を見ました。
一昨日、数回、夕方、道で
ドリブルする中学生の
ボールの音を聞いたせいだと思うのですが
昨日は心臓があおることもなく
うるさいと思っただけで
見に行くこともなくやりすごしました

夢の内容
朝、男子生徒がドリブルをしながら通り過ぎた。
その後なぜか外国人の家族が
我が家の前にワゴン車をつけて
遊びに行く準備をして車に乗り込んだ
車のドアが強く閉まる音がした
それを見に行った私は
家から出て
急に場面が変わり
見知らぬ坂道の途中を登っていく
すると、
女性がどこからともなく現れた
あなたにはお母さんがいないのですね
と聞かれ、そうです、と答え
二人で泣いた。
彼女がハグしてくれて
ホッとして目が覚めた

現実は、
車の激しいエンジン音がしただけと
起きていた夫が教えてくれました。
ボールの音はしていなかったそうです

夢の中では、ボールの音、ドアの音は
音がする、という認識はありましたが
恐怖は感じませんでした。
女性は夢の中では
確かに神経症の相談に乗ってくださっているボ
ランテイアの人、とわかりました

夢の解釈
ドリブル:昨日の記憶?
家の前で外国人の家族が
車にのる姿を目撃:今の段階では不明
ドアの音:現実のエンジン音との 夢のつじつま合わせ
坂道:音の恐怖の一番悪い時期は過ぎた
お母さんがいない、一緒に泣く:神経症の人たちの過去の文章を読み、しばしば泣きました。
過去の文章ではあるけれど私にとっては現実だったことでしょうか。
回答者の方たちの温かい言葉に優しいお母さん的なものを
感じていたのかもしれません
ハグ:過去から現在までの
神経症のボランテイアの言葉が
結果としてわたしを励ましたという意味

強迫神経症としての音の恐怖がなくなった、
と、そこまではっきり言い切る自信はないのですが
夢の中でハグされて
癒された感じがしたのは
まだ思い出せるので
きっと
このまま音の恐怖がなくなるだろう
ということを
夢が私に教えてくれたかな、と、思います
理屈っぽく言えば
森田療法のユング的解釈とでもいいましょうか

タグ:ボールの音


2017-03-05 21:48  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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友達に誘いを断られて悩む人に [神経症]

仕事のプレッシャーがあり
体調が悪いうえ、
そううつ病とは、
大変な状況でよく頑張っていらっしゃいますね。

うつ病と、そううつ病はちがうのですが
「そう」の時期もおありですか。
「そう」の時期にはやりすぎ、言い過ぎが起きやすいのですが
恩人さんにメールを送ったときは「そう」の時でしたか?

なぜなら、あなたが神経質なら
基本言い過ぎることはないと思うからです。
でも、「そう」のときなら本来
気を使って言わないことも、
言い過ぎてしまう可能性があるでしょう。

「そう」状態の時の対人関係については
医師とご相談いただくとして
「うつ」の時、または正常な状態の神経質者の
人間関係の悩みの部分
なら回答できると思います

恩人さんがストレートに
何でも言ってくれと言った
だからメールで本音を言った
そうしたら誘っても避けているようだ
理由を聞きたい

という質問ですね

まず、素直な人はつい、
相手の言ったことを真に受けますが
親しい女性が
「私この頃太ったかしら、本当のことをいって」
と聞いたとき、
「そうだね、太ったね」
というのは、
たとえ本当に太ったとして
自分は事実を言ったとしても
不正解です。

嘘をついてはいけない
と、私たちは小さいころから教えられます
それは事実です
でも、口ではうそをつくな、と言っても
実は本当のことを言ってはいけない時がある
というのを子供も社会の中で学んでいきます

ところが、真面目な一部の人たちは
字面どおり何時でも
正直にいなければいけないと思い
いつも真実をいうのですが、
社会で嫌われてしまいます

それが、「嘘も方便」
嘘をついてはいけない
でも相手を傷つけることは
本当のことを言ってはいけない時がある
ということなのです

さっきの例なら、自分の太さを気にしている女性に対して
「いや、私は気が付かなかったよ」
とか「そんなことないよ、君はちっとも太っていないよ」
と言わなくてはいけないのです

ただし、たとえば夫婦で
相手の糖尿病やメタボを気にしている場合は別です。
でも夫婦でさえ
相手に対して
いつも真実ばかり言っていたら
たぶんいさかいが絶えないでしょう

そのケースごとに判断するのが人間の知恵です
ストレートに述べた意見の中に、
恩人さんを傷つける内容が入っていた
恩人さんは傷ついたが、自分が「ストレートに言って」と
言った手前、怒るわけにもいかず「すっきりした」といったが
実は傷ついて、もう付き合いたくなくなったと思った

「かもしれない。」
ということですよね。

それらはすべて推測です
神経質者は取り越し苦労が多いので
恩人さんの都合がただ単に本当に悪いかもしれない
あなたと話をした時も
体調が悪かったから
ぞんざいな態度をとっただけかもしれない

あなたの事だけを考えて
恩人さんは暮らしているわけではありません
恩人さんには恩人さんの事情があるでしょう
恩人さんの態度はあなたのせいとは限りません

避けているかと
理由を聞いてどうしますか。
恩人さんが率直に「傷ついた」といってくれたら
言い過ぎたと謝りますか?
でもあなたとしては言い過ぎたと思っておらず
単なる意見の相違だったらどうしますか

あなたが悩んでいた時、話を聞いてくれた人が
あなたの体調や心を思いやって
多少不満があっても
「すっきりした」で話を終わらせてくれたのに
無理やり理由を聞いて、
得るところがあるのでしょうか

結局お互いの意見が違うなら
延々と水掛け論になりかねません

一度はあなたが飲みに誘いました。
次に恩人さんから誘いがくるまで、
あれこれ考えたりせず、そっとしておきませんか。

もしご縁があるならまた飲む機会もあるでしょう

恩人さんはあなたのつらい時を支えてくれたのですが
心理学では
友人や知り合いはカウンセラーになれない
と習います
今まで恩人さんの悩みを聞く余裕が
あなたにあったでしょうか
一方的な関係は片方に負担がかかります

親でさえ、子供がおとなになれば
子供の言うことすべてを
受け入れて同情してくれるとは限りません
むしろ、親としては、子供が大人になったら
立場を逆転させて
自分たちの相談に乗ってほしいとさえ思うでしょう


恩人さんはすごい人です
たとえ心理学の知識があっても
そううつ病の友人の悩みを聞くことは
私には荷が重すぎてできません
恩人さんが
あなたのためにどれぐらいの時間や心を砕いたか
それを考えたらストレートに言って
と言われても、
もし恩人さんに対する不満なら
言わない方がよかったかもしれませんが
いずれにしてもそれは
今後同じことがあったら気を付ければいいという意味で
あなたを責めているわけではありません


辛い時を支えてくれたことに感謝して
今後は悩みは
医師やカウンセラーにぶつけてください


お互い話したら、聞く、が半々ぐらい
という対等な関係の
友人を探しましょう
症状については最低限にして
楽しいことを共有する友人です

自分の事をほとんど話さなくても
友達にはなれます

タグ:友人


2017-03-02 11:31  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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