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耳がよすぎること続々 [心理]

以前にうちの前で
ボールをけったり
壁打ちをして
うるさかった子の片割れは引っ越し
もう一人は大きくなって行動範囲が広がり
自転車で遊びに行ってしまい
ほっとしていましたが、
バスケ部に入り
それも今年はキャプテン
庭にバスケットゴールを設置しました
街中なのに防音もせず
ドリブルは
あまり感心しませんし
知恵袋で調べると
バスケットの
音の被害で苦しんでいる
人々の声もたくさんあります

実際はその子の家の駐車場なので
親の車があればやれません
それに我が家の前でなく
4件先なので
以前のように大きい音はしませんでした
それでも今朝7時は
窓を開けていて
気が付いてしまい嫌でした
午後
ベブ エイズペットさんの
「パニック障害なんてこわくない」
という本を読み、
深呼吸して「これは過ぎていく」と
唱えること
というのを実践したらだいぶ楽になりました
パニック障害というより
ボールの音恐怖症
だと思います

前回は母の死のストレスが引き金で
音を聞いてドキドキしてしまいましたが

今回はがんのストレス?
でも前回ほど息も止まりそうな恐怖はありません
それより
そうなったらどうしようという恐怖
息が止まりそうになったのはたった1回なのですが

バスケットゴールのことを
考えることで恐怖を誘発している
自分で自分を怖がらせている
というのはその通りだと思います。

もしたくさんの友人がきてやり始めたら注意してね
と夫に頼みました。
音も以前ほど大きくないので音楽でまぎらわせます
それでもボール音かと
耳を傾けてしまう自分がいやですが
誰かに聞いてもらった方が軽減されるそうですので
夫に訴えます


2014-09-18 17:16  nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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夢がかわった [心理]

ちょっと前は怖い夢をよくみました。
セカンドオピニオンをお願いしてからは
母の夢をよくみます
事態に直面することを現実に避けていると、
夢がかわりに怖がっていたのでしょうか。
今は直面を決心したから
今度は母の夢、なのでしょうか

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2014-09-09 20:53  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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セカンドオピニオン [心理]

肺のGGOで呼吸器内科に行き
1年たったけれど大きくならない
この3つのGGOについて
アスクドクターというソネットの
医師に質問するサイトで聞いてみたら
ノバリスもやれそうと
教えてもらったので、
一度ノバリスのできる病院で
話を聞きたいと紹介を頼み
来週行くことにしました。
ノバリスは母が
脳に転移したがんを
ガンマ線で1泊で
全部消してくれた
ガンマナイフのからだ版です。

もう一年様子を見ても
いいのかもしれませんが、
増えたら一部切って
がんと確定したらノバリスと
聞いていたので
その辺もノバリスのある病院で確認しておきたいのです。
ノバリスの必要が
ないなら当分様子をみますし、
ノバリスで消せる「がん」なら消したいし。

去年の医師は
全く話を聞いてくれない人でした
(これは切れば癌といいながら、
がんかどうか決めるペット検査もしてもしかたない(糖に反応しない)、
多くて切ることもできない、
ノバリスはやれるだろうけど紹介できないといわれました)が、
幸い今年の先生は
話が分かる方だったので、
紹介状を書いてくださって
セカンドオピニオンということにしてくださいました。
そのままノバリスをやるにしても
やらないにしても経過は
元の先生で見てもらえそうです。

その結果
去年の医師のいうとおり、
様子見でずっといく、
となってもやるだけのことは
やったと自分が納得できると思います。
ノバリスの事は
去年の医師にだめといわれて
今年の検査結果のときは先月
あきらめ気分もあって聞きもしませんでした。

でも24時間テレビで
まなちゃんのドラマで
がんで母親が死んだのを見て、
コモモのためには
せめて20歳までは生きていないとかわいそうだし
やるだけの事は
やらないといけないな、と思い直したのです。
ただGGOをガンマナイフで刺激して
かえってよくないのではないかと夫は心配していますので、
その辺もよく聞いてきます。

コモモに
「病院に木曜にいくね。
もしママが死んだら
パパとパパの実家で暮らすんだよ。」
と言ったら
「おばあちゃんちは猫がいるから、
ここでパパとくらしておばちゃんに通ってきてもらう」
とあっさり言いました。
「そういう時は、ママが死んだら困る、と言うんだよ」
と教えましたが
10歳というのに意味がわかっていないのか、
想像できないのか、
私が死のうがどうでもいいんだか??
この時に限らず、
コモモが相手の気持ちを
斟酌した言葉が言えないことがちょっと心配です。

質問したこと。
昨年、人間ドッグで要精検になり、
病院でCT検査をしたところ、
GGOといわれました。
3か月後、1年後(先日)の検査で、
増えたり大きくなったりはしていないそうですが、
小指の先ぐらいのGGOが3つ、
肺にあり、また来年再検査となりました。
いずれ、もし増えたり大きくなったら
切って確定診断すると言われ、
母が60歳で肺がんで死亡しているので
不安だと伝えると、
そういう種類のがんとは違うと言われました。
またPETをやれる種類のがんでもないし、
ノバリスでも保険はきかないと言われました。
GGOが肺にあるというのは、
まるでがんのもとの爆弾を
胸に入れて生きているみたい、
と不安に思ってしまいますが、
普通のGGOはそのまま何もしなくても大丈夫なのでしょうか。
GGOががんにならない今のうちに、
ノバリスで焼いて(?)もらって消し去るというのは
可能なのでしょうか。
PETでも反応しないならノバリスでも標的にならないのかもしれず、
それならやれないのでしょうが、
やれるなら精神衛生のためには
GGOがなくなった方がスッキリすると思います。
今焼いてもまた出てきて意味がないとか、
そもそもGGOは無害、というなら経過観察で
今後毎年CTで様子を見るというので納得しますが、
結果説明の時医師に「これは取るとがんだ」といわれたので気になります。

1年間漠然と、ノバリスもいずれ使えるかもしれないけど、
がんと共存していくのかなと思っていたのですが
恐怖感を持たないため
GGOと直面しないための回避行動かもしれず
よくわかりませんが
来週ノバリスの病院に行くまでは
この胃のもやもやは続くんでしょうね
まあ、ガンカモと言われて冷静な人ってのも
いくらクリスチャンでもおかしな話だし
1年間ごく軽い抑うつで
私にしては
よく持ちこたえた方でしょうね。
問題をもったまま持ちこたえるというのが
私の苦手分野なので。

タグ:GGO


2014-09-03 20:03  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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商売の後を継ぐということ [心理]

母の弟子のうちの
師範を持っている
優秀な二人には

母が亡くなって七回忌も済んだので
近隣の
プロとして活躍されている先生に
お願いする事にしました。
他の方々は
コモモが赤ちゃんだったことや
土曜に通院ということもあり、
母が亡くなったあと早い時期に、
他の先生に移ってもらいました。


その二人も
もともとはわたしの兄弟弟子
歳も近かったので
私が教えるのは心苦しかったのです。
でも
母に義理立てして
移るのは嫌と言ってくれていました。

その気持ちがうれしく
今まで来てしまいましたが、
ふたりともフルタイムの仕事なので、
現実には半年に一回しかこられません

演奏会の前などに
もっと勉強するべきだから
通える先生を紹介するべきだと
以前に他の先生に移った方に指摘されました。

お別れはとてもつらいです
でもこれでよかったと思います。
私ももちろん教える資格はありますが、
母の後を継ぎ
昼夜を問わずお稽古をする覚悟がない以上
月謝をもらうのですから
プロに頼むのが当然。

心を鬼にして、
今まで何回も
移ってくださいと言っていた時よりも
厳しくうちではもう見られない
と言って納得してもらいました。

移動先の先生には
こころよく引き受けてくださって
すぐ連絡をとっていただき
一安心です。

母のことがよくて
来てくれていた個人レッスンの弟子の場合、
私でよいとは限らない。
そういうことです。
今後は同じ趣味を目指す者同士
として対等にお付き合いしていきたいですね


2014-09-01 10:11  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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母のお墓 [心理]

お盆が終わりましたね。
母が亡くなって7年たちました。

母は生前自分の父親の墓のある寺に
墓の土地が買ってあり、
そこに自分も埋葬してほしいと言っていました。
そこは我が家からは40分、
母の実家からは5分の場所
葬儀、初七日、一周忌、3回忌、7回忌も
その寺にお願いしました。
私はクリスチャンですが、
個人の遺志に沿うようにそうしたのです。

母は永年供養で支払ってあったので、
盆と正月に墓を掃除して
寺に維持費を支払えばそれでよいつもりでした。
母自身もそう思っていて
私や妹にそういっていました。

でも、近くにいる伯母にとっては違ったのです。
そもそもなんでこうなったかというと、母は新家だったから
面倒見るべき墓も仏壇もなかったのです
寺に墓を置くことの
大変さがわかっていなかった。
だから、母の想定外の事が起こった。

そして60歳で亡くなってしまったので、
まだ母のきょうだいはみんな元気。
そのうえ、伯母は
きちんとした人で
世間に顔向けできないことを一番嫌う人。
面倒見もよく、母が亡くなった姉妹をかわいそうに思い、
盆や正月には過分に振る舞ってくださいました。

一方で伯母は実家を切り盛りする才覚がある人なので、
何でも思ったことをはっきり言って
母は昔いろいろ言われて泣いていたこともありました。
伯母に対しては怖くて言い返せないのです。
ちなみに私も言い返せません。

伯母は毎週花をかえてくれました。
自分の墓のついでにとやってくれたので、
我が家はお礼に
花代を中元歳暮と一緒にさしあげていましたが、
法事も7回忌で終わりにしたことだし
妹とも話し合って
7回忌を期に花代はやめました

あとは盆と正月に
自分たちで墓掃除と花をあげ
お経をあげてもらえばいいつもりだったのです。

でも、亡くなった直後から
伯母は寺の草取り(毎月)や、
行事に私が出てこないと不満をもっていたようで、
それを止めてくれていたのは伯父でした。

その伯父が一昨年なくなり、
それから伯母がいろいろ言ってくるようになったのです。
私は体も弱く、
子供の学校行事さえ、
外である時は
倒れる可能性があり
どうしても行かれないときは
夫に頼むぐらいで
月に一回とはいえ
その
月に一回が外出できないほどの時の
草取りは無理なのです。

だから、
寺に伯母から何度か言われたときに確認しました。
永年供養の人はそういう仕事は出席の必要はないということを。
そして花については、
私はクリスチャンなので、
毎週花を墓に供えることに
意義を感じられず
(それでも最低限の盆と正月はちゃんとやっているのですが)
行って枯れていればもちろんかたずけますが、
墓に花が供えてられていなくても、
全く気にならないのです。

寺も浄土真宗だから墓は重視しておらず、
必要ないと言ってくれました。

伯母があまり電話や来て
墓に参れといい
挙句は
「墓参りをしないから病気になる」といいだしたので、
ほとほといやになり、
伯母の息子(いとこ)にお願いして
そういうことを言うのをやめてほしいと頼むと、
伯母からは言ってこなくなりましたが、
伯母の姉が伯母の代わりに言ってきました。

妹と相談して、
墓を妹に名義を変え、
跡取りは妹だからと
言ってもすぐ忘れて
近いこともあり私に言ってきます。

それで墓からおしょうぬきをしてもらい、
東本願寺にもっていけば
墓には誰もいないから
花のことは言われないかと友人にアドバイスをうけ、
そう思ったのですが、
墓そのものがある限り伯母がきになるからと
伯母の姉がいいます。
墓を撤去して、
東本願寺なり教会なりに
お骨をもっていくしかないかと思いました。

妹が寺と相談して、
母の墓の所有者は妹だから
私に言うのは筋違いなこと、
花は必要ないし、
伯母がついでにやる必要はないことを
言ってくれることになりました。

今は伯母から
妹のところに電話があり
もう私には何も言わないと
いってくれたそうですが
また忘れて私に言ってきたら
今度は本当に引き払うつもりでいます
その時は寺からも話してもらったけど
駄目だったといえば、
寺も快く送り出してくれるでしょう。

何がいやかといって
母の生前から
母が
私が病気になったとき
自分の行い、
前世の行いが悪いから罰が当たった、と
母が本気で悩んでいたのがいやでした

佛教はもちろんそんなことは言っていません。
でも母や母の姉妹、祖母はそう思っています。
身についてしまっています。
だからこそ、私は病気の原因を罰と考える佛教を捨て、
キリスト教を選んだのです。

それを今になって
墓の事で
あれこれ言われるとは想像もしていませんでした。
気にしなければいいのでしょうが、
気にならないなら
そのまま先祖代々の佛教でいいでしょう?
佛教の教え自体には異論はないのですから。

我が家は個人の遺志を尊重して
失敗したと思っています。
個人は天国へ行ってしまった。
生きている人の
やりやすいようにやるべきでした



少子化の今、
子孫が
たくさんの墓を面倒見るのは当たり前、
コモモもこのままいけば、
夫の妹、夫の実家の墓、私たちの墓、私の母と妹の墓と
少なくとも四つは面倒見ることになるのです。
少なくともというのは
結婚相手も一人っ子なら、
その倍は墓が増えるからです。
でもどの墓も別の場所で
そうじや毎月の草取りの義務、
維持費の支払があったらどうなりますか。
撤去にも墓を立てるぐらい経費がかかります
月八日草取りですか。
無理でしょ。

我が家の場合はこの失敗を生かし
キリスト教の共同墓地(室内)にボックスを用意しました。
コモモの代になったら、
全部まとめてそこに収容するように言ってあります。
コモモは仏教でいう法事をやる必要はなく、
おまつりは墓地と教会が永年やってくれます。
もしコモモが死んで
跡取りがいなくてもずっと面倒みてくれます。
といってもその頃は私も夫も死んでいます。
コモモが敬虔な仏教徒と結婚すれば
違う方法でやることになるでしょう。
一応コモモが困らないように準備はしました。
でもあとは、コモモにお任せです。

皆さんも墓を作る前によく考えてください。
私のお金と、労力と、精神的苦痛を伴う
失敗がお役に立てれば幸いです。




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2014-09-01 09:53  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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