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耳がよすぎること 続 [聴覚]

家の奥の路地の
5年男子の家に
バスケットゴールが付きました。
そう、散々我が家の前でボール遊びをしていた、
引っ越していったアパートの子と一緒に遊んでいた子の家です。
ゴールを見た日は気分が悪くなりました。
そこがたまり場になったりして
うるさいボールの音が響いたらいやだな
と。

いやな思いが出てくるたびに
聖書の詩編23篇
(主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。)
をうろ覚えで
「死の影の谷を歩くことがあっても私は恐れない」
と唱え、
神様は耐えられない苦しみは与えない
と言い聞かせました
それでも2日目に漠然とした不安が襲ってくると、
夫の手を握ってやり過ごしました。
幸い休日だったので
夫は嫌がりましたが
私にはその手が必要だと話したのです。
(テレビでちょうど脳科学の番組をやっていて、
電気ショックでもパートナーの手を握ると痛くないという番組を後日見てなるほどと納得しました。)

予期不安とでもいうのでしょうか
実際被害にあっていないのに、
ゴールを見ただけで不安になるとは。
理屈ではないのですよね。そういうのは。
過去の悪い体験を思い出してしまう。
そして、日光くんの父がパチンコ好きですぐでかけてしまうので、
自分の父と重なって、彼の家が嫌いだから
なおさらいやな思いがでてくるんだろうと思いました。

今も多少不安ですが、最初の二日ほどではありません。
それはまだ実際そのボールの音を聞いていないことと、
詩編23篇もいいのですがそれより、もしかして神様は信仰を試しているのかも
と思ったのです。
何も起こっていないのに悪いことを想像するというのは
神様を信用していないのかも。
神様が私が耐えられないことはしないというのなら
不安になる必要はない。
そして、もう一つ、コヤギちゃんの存在がありました。
私はコヤギちゃんをよく知りません。
でも天国に行ってしまった今
近所からうるさい音がしたって、コヤギちゃんなら生きていたいと思うのではないか。
確かにボールの音に敏感になってしまって、
それを選んで聞いてしまうようなところがあり
昔なら気にならなかったのが今は気になるわけだから些細なことではないのだけど
それだって、生きるか死ぬかで考えれば大したことではない。
こんなことぐらいで不安に思っていてはコヤギちゃんに申し訳ない。
いろいろ思ったってとにかく私は生きているのだから。

ところでボール遊びをする5年生の日光くんは
ずっと私をなやませているのだけれど、
河合隼雄先生のいうところのトリックスターではないかと思います。
テレビドラマなどで
散々主人公を悩ませる役の人の事ですが
意外とその人がいるせいで主人公の人生にいろどりが添えられることがあり
実はいらない人ではなく必要な人
ということがあるのです。
これだけはっきり私のトリックスターが日光くん
とわかるのもありがたいのやらありがたくないのやら。
でもトリックスターの与える悩みを
はたから見て笑えるぐらいの人格者になれるといいのですが
そこまではいかなくても
以前の自分よりは冷静に
悩みを受け止められるようになっていければと思います。

でもあまりにもうるさくなったら、
とえ近所の人で波風たてたくないとしても
苦情をいうつもりですけどね。

タグ:ボール 騒音



天国にいったゆきちゃん [心理]

先日通院している病院にいくと、
たまたま20年前に
腎臓の検査で入院したとき
同室だった人に
お会いしました
彼女は元気そうでしたが、
たまに病院で会う、
優しそうな
コヤギちゃんが、正月に亡くなったと聞きました。
彼女は私と同じ年で同じ病気だったのです。
幸い私は、アトピーもあるので違う医師から漢方薬をもらい、
一度陽性になったら陰性にならないといわれた抗体も
出産前にいちど陰性になり、出産後数年たってまた陰性になっていました。
つまり、私は同じ病気でもすごく軽かったのです。

コヤギちゃんとはほとんどあったことも
話したこともありませんでした。
知り合っても親しくはしようとしなかったと思います。
私は思い込みが激しい方なので、
同じ病気の人がひどくなっていく病状を見るのは
医学書で読むのでなく実際見てしまうのは
自分もそうなってしまうと思い
悪い方に健康状態が行きそうで
避けたいことだったのです。
だから同病の人の集まりにも入らず
その病気で申請すればもらえるという補助金も
申請すれば自分が医学書通りの症状が出てしまいそうで申請していません。
ありがたいことに
申請しなくて済むほど、
医療費がかさんでいないイコール軽いということでもあるのですが。


コヤギちゃんはとても優しそうな方でした。
今頃天国で、母と話しているでしょうか。
亡くなったと聞いて数日たって
その現実が迫ってきます。
自分もそうなるのではないか。という恐怖ではなくて
彼女の分も生きなければ彼女に申し訳ない。と。

タグ:腎臓





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