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牛にひかれて [心理]

咳がなかなか収まらず
でもだいぶよくなりました
医師に検査してもらった時は
気管支炎といわれました
息が苦しいのがこんな風とは
うかつにも私は今まで知りませんでした


子供が通っている
家から中学で
クラスから6人ずつPTAの世話役をだすそうで
選挙で選ばれたからやってくださいと
先生から電話が来ました
小学校から来ている親に頼んでほしい
そういう人を差し置いて
中学から入った私がなるのは
申し訳ないとお断りしようとしたのですが
どうしても頼む、と言われてしまい
引き受けてしまいました
地元の小学校ではどうしても引き受けざるを得ない
PTAや子供会などはやりましたが

世話係を引き受けた直後から
小学校の時に子供会や行事の役員で
対人関係で散々苦労して
大いにストレスがかかったことを思い出し
不安も感じました
でも、いまさら断ることもできません

しいて言えば
癌の疑いを口実に断ることもできるかもしれませんが
それをやってしまったら
自分でセカンドオピニオンをうけて
忘れなさいと
近藤医師にアドバイスしてもらったことと
矛盾してしまいます



実際始まってしまえば大したことないはずだし
今は不安を抑えず不安のままですごしていよう
と思っています
子供の事で心配するのは
「子なきは泣きをみない」ですし
子供が中学に行ったせいで評議員をやらされるのは
「牛にひかれて善光寺まいり」
多分子供のいる人みんな経験することなのでしょう


「すなおな心」
すなおな心とは、『自然に服従し、境遇に従順な心』である。
例えば、親や先生から命ぜられることは、それを無理だと思い反抗的な気分がおこっても、とにかくためしに命ぜられる通りにやってみることである。また自分の職業や地位に不平不満があり、あるいは自分の能力に自信がなく不安があっても、そのままに毎日の仕事にかじりついてゆくことである。
あるいはまた、頭が重く不快な感じがあっても、医者が診察して勉強してもさしつかえないと言えば、医者の言葉を疑い自分の身体を心配しながらも、まずためしに医者の言うとおりにやってみることである。

それと反対に、腹を立てて親や先生に反抗し、不平をこぼして自分のするべき仕事をせず、医者の言葉を疑って言うことをきかないのを、わがままとか、強情とか言うのである。
又一方には、自分は従順でなくてはならない、不平の心をおこなしてはならない、信じなくてはならないなどと、自分で自分の心をやりくりし、直そうとかするのを『思想の矛盾』といい、強迫観念の原因にもなるのである。

腹立ち、不平、疑惑などは、われわれの心の折にふれて当然おこる感情であるから、その感情のままにあるのを『自然に服従する』と言い、親のいましめにいやいやながら従い、職業上やらねばならぬことをいやいやながら実行するのを『境遇に従順である』というのである。(『生の欲望』森田正馬 著 水谷啓二編 白揚社)

まさにいやいやながらに、先生に言われたから
やるべきことを実行する心境です

音については
外の音が怖くて窓を開けるのも怖かったのと
花粉症もあり
冬場は窓を開けることにためらいがあったのですが
先日暖かくなってきて、
洗濯物もふとんも全部外に干し、
窓を開けて過ごしても
全く外の音が気にならなくなっていたことに
気が付きました
すぐそこで工事をしているね、
と他の人に言われるまで
気が付かなかったのですから驚きです。
ボールについては
いまだにさっき音がして不安は感じたのですが
そのままにしていたら音も過ぎ去り、
不安な気持ちも過ぎ去りました

「いやだな、面倒だ」と言いつつ普通に過ごせるような
人生におこる些細なことでも私は不安を感じますが
それでも、不器用なりに、
なんとか森田先生の言葉に従って
対処できそうです(2017/4記)


2017-04-15 22:31  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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